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10月17日 散らばった使徒の働きの回収

10月8日-17日 散らばった使徒の働きの最終版を集める

2007年1月にインドネシア聖書協会による最終審査が終わりましたが、それから、ほぼ、9ヶ月間コンサルタントによって指摘された改訂箇所がずっと改訂されないままになっていました。

原因はいくつかありますが、翻訳の中心的な働きをしているヨハン兄は、50代。彼は、機械に弱く、マリウス兄がコンピュータで改訂をする予定でしたが、彼は、政府の役人としてエイズ撲滅のための働きについており、忙しく、最初の数章だけがタイプされていました。しかも、彼は、私が送ったコンピュータ・ファイルをなくしてしまったので、全部タイプ
しなおそうとしていました。

ヨハン兄から、受け取った改訂箇所が書いてある使徒の働きは、3章から20章まで、しかも、ページが1ページ抜けていました。とにかく、私と家内は、時間を見つけては、改訂をしていきました。その間マリウス兄のコンピュータにタイプしてあるファイルを見つけましたが、何と彼のコンピュータは、ウィルスに感染されていて最終的に私のコンピュータも感染されてしまいました。でも、イラルトゥの働きのために持っていったコンピュータのウィルス退治ソフトが働いていたので、USBフラッシュディスクに、大事なファイルを移してからまずウィルス退治をして、それからファイルを移動。そのファイルを調べてみると、何と1ページ抜けていたところまで改訂がなされていました。

そうこうしているうちに、ヨハン兄が、最後の21章から28章まで見つけましたので、本当に危ない橋を渡りましたが、使徒の働きの最後の改訂箇所が書かれているすべてのテキストを集めることができました。主の哀れみを感謝しています。家内は、10月18日(木)最後の改訂を終えました。10月19日(金)20日(土)に、ヨハン兄と一緒に改訂箇所を読み直しました。これでまた一つの目標が達成できそうです。お祈りを感謝します。(後にもう一ページなくなっているのが分かりました。これは残念ながら見つかりません。コンサルタントに聞いてみる必要があります)


使徒

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10月15日ー17日 チーム作り

10月15-17日 ペンキ塗り

ヨハン兄は、50代、マリウス兄は、20代、明らかに世代が違う。あまりコミュニケーションが取れていない様子。そこで、ペンキが禿げていて、事務所らしく整っていないのを一緒に綺麗にすることにした。今は、イスラムのイドゥル・フィットゥリ。断食明けの一週間の休み。マリウス兄は、今週は仕事がないので時間があると言ってくれた。そこで15日から3日間。ペンキ塗り、雨どいの設置などに取り掛かった。

おかげで私も日にあたり真っ黒になってしまった。おかげさまで、一緒に働くというティームの感覚を少しでも持つことができた。また、寮となるこの事務所の二階に住んでいる高校生たちとも一緒に働くことができた。

来年の寮作りの基礎となる。

ペンキ塗り

10月14日(日) 心からのマケドニアの叫び

10月14日 マケドニアの叫び

私と家内は、先週は、イラルトゥの地域の教会であるオランダ改革派・プロテスタント教会のカイマナ教会に出席した。でも、今週私は、事務所の近くにあるペンテコステ教会にあえて主席した。それは、インドネシアにある教会を広く体験したかったからである。

賛美と、牧師先生の説教は、耳が痛くなるほど音が大きかったが、(家内は、ちょっと耐えられなかったようである)ルディ牧師のメッセージは、心に届いた。福音が生きている。残念ながら、伝統的で、個人の救いの体験が全く強調されない教会もある。私は、インドネシアには、二つの流れがあると感じる。決して聖霊が豊かに働いているとは言えない教会と、非常に元気な、どちらかと言うと礼拝の賛美の盛り上がりと叫ぶような説教の中で、救いが強調されるグループである。中間が欲しいなと思う。

礼拝後、ヨハン兄、マリウス兄と私の3人で、これからの翻訳の働きなどについて3時間ほど話し合った。マリウス兄が、言ったことばが心に深く突き刺さる。

「パ・タカシ。私たちのイラルトゥの人々は、救われていない。長い間、悔い改めの祈りをしてきたけれど、何も変わっていない。どうか、イラルトゥの人々が本当に救われるように助けて欲しい。そうしないと、せっかく翻訳したみことばが役にたたなくなってしまう。」

マリウス兄は、オヤン牧師と出会ってみことばの意味について考え始めている。霊的な救いについて考え始めている。ぜひ、マリウス兄のため、また、ヨハン兄のために祈って欲しい。
そして、このマケドニアの叫びをしっかりと受け止めて奉仕して行きたい。
マリウス兄

10月10日 カイマナ郡副知事との面会

10月8日ー17日 カイマナ郡副知事マティウス氏と面談

10日ヨハン兄のガイドで、カイマナ郡副知事マティウス氏と面談することができた。カイマナ市は、カイマナ郡の首都であり、副知事は、ヨハン兄と長い間イラルトゥがどのように発展するべきかなど、話し合ってきた。ヨハン兄は、私を牧師として宣教師として紹介してくれた。

ヨハン兄、マリウス兄、そしてオヤン牧師と私は、このカイマナに与えられた土地と建物(主の不思議により500坪の土地と約100平米の事務所とヨハン兄たちの住む家が与えられている*)を用いて、翻訳の事務所だけでなく、屋根裏に人が住める用に設計してあり、ここにイラルトゥの高校生たちの寮を作る計画を立てている。町に来て、勉強に身が入らず、遊んでしまい結局大学などに進めないで村に戻っていく子供も多く、聖書を基本に、生活、勉強(英語なども教えて行く予定)、生活管理(手帳を持つ生活)などを教えて行きたいと思っている。

そのような構想を副知事に話し、理解を得た。今は、具体的な
援助をしてもらえるという感触はなかった。でも、イラルトゥの高校生が、しっかりとみことばを読んで、信仰を持ち、そして、大学や教員養成所などに進んで社会で証する人たちになって欲しい。夢は広がっている。

*この土地は、マランで与えられた車が高く売れ、手に入れる
ことができ、ヨハン兄もお金をつぎ込んでいる。今は、異文化
交流団体の名義になっている。
副知事

10月3日-21日

10月4日 懐かしい出会い

昨日。無事カイマナに着いた。長い道のりだった。パプアは、暑い。エアコンは寒い。飛行機も暑かったり寒かったり、家内も私も体調を壊した。ここでの気候に慣れるのに時間がかかるだろう。ヨハン兄、マリウス兄と会うことができた。夜散歩をしていると、パウロス兄が、私たちを見つけて抱きついてきた。顔をすりよせられた。会えた喜びを表現してくれた。私も嬉しい。

毎日のように色々な人たちが訪ねてくれた。翻訳にかかわっているアミナダブ兄、ユスティヌス兄、マルコを最初に翻訳したヘレンス兄など。「ゆり子はどうしてる?謙一は?純は?」という質問が飛んできた。ヘレンスも抱きついてきた。かなりやせたなあという感じだ。1985年村に入った時に、本当に色々と助けてくれたヘレット兄、今は、グシマワの村で牧師となったレオ・シャケマ兄も来てくれた。

イドゥル・フィットゥリ(イスラム教の断食明けのお祭り)で町は1週間にぎわった。お世話になったイスラムの方々とも会うことができた。
friends

プロフィール

松村隆(パスター・フィリップ)

Author:松村隆(パスター・フィリップ)
1952年生まれ。埼玉県浦和育ち。1984年から海外にて言語研究や翻訳の働きに従事。2000年に原因不明の病気で帰国。2001年に児玉福音自由教会の牧師に就任。2010年2月正式にNGOのコンサルタントの働きに復帰。2013年6月日本に帰国。61歳。

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