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主は、不思議な手で導かれます

不思議です。今まであまりに道が開かれていかないことに慣れていたので、11月25日にビザをいただいたときに、「本当に出発できるんだ」と不安になったのです。とにかく私にとって神様のなされた不思議がありました。

その不思議は、昨年まで責任を持っていた西地区リトリートから始まりました。家内と2人で相談して、そのリトリートに参加してから出発しようと、決めたのですが、それにはいろいろな複線が絡んでいました。リトリートに参加した2日後にビザがもらえたというのは正に不思議でした。

10月25日が申し込み締め切りでしたが、30日に食事の人数を宿泊するところに伝えました。宿泊者は、53名と少なかったものの通いも入れて80名の申し込みになり本当に主の恵みを感謝しました。申し込みが早かったのが私たちには幸いでした。

11月8日 送る会

申し込みが終わると、今度は、蕨教会から児玉に戻るための荷物の片づけが始まり、11月8日の送る会の準備をしました。この間もビザのやり取り、ジャカルタからのチケットの購入のやり取りが入ります。神様は、多くの方々を送り、この送る会を本当に豊かに祝してくださいました。

11月9日、10日牧師会

それが終わると、9日、10日と、西地区牧師会の一泊研修会がありました。将来を見据えて子供たちに目を留めることを示され、とても良い研修会でした。

11月14日 引越し

帰ってくると、引越しの最終整理に終われ、14日に、児玉に引っ越しました。家は、娘のもの、次男のもの、そして私たちのものであふれかえりました。でも、まだ片付ける時間がありません。

11月16日、17日 神学校同期会

仙台で行われた31年前に一緒に卒業した仲間たちとの交歓会が持たれ、車で同期生のご夫婦と出かけました。とてもすばらしい時を持たせていただきました。

11月17日 ビザのファックスを受け取る

ビザは前の週にジャカルタの出入国管理事務所から正式に、東京の大使館にテレックスされていました。ところが、ビザ担当の人のスキャナが壊れていて、コピーが送られてきません。私たちは、自宅の番号を知らせてファックスを送るよう頼んでいました。そして、同期会から帰ってきたその日、ファックスが届いていました。

11月18日 ビザの大使館への申請が始まる

私たちは児玉に居て大使館へ申請をするのが時間的にも困難でしたので、エージェントに頼んで代行してもらいました。私たちは、心置きなく出発の準備ができます。

頼んでいた大工さんがこの日入って物置の場所を整備してもらいました。私は、庭の木を切ったりしました。

11月22日23日 西地区リトリート

礼拝後、リトリートに出かけました。裏方として二日間奉仕しました。いろいろな方々がボランティアで奉仕してくださって、何よりも相棒のT先生が主体的に奉仕してくださったので感謝しています。野田秀先生を通して、「主の聖所に入る」ことこそ、信仰の祝福の基だと教えられ、やはりキリスト教は、シンプルだと思いました。理屈ではなく、賜物でもなく、聖書の言葉と私たちを生かしておられる聖霊なる神様の導きの中に自分を任せていくことをこつこつとやっていくことだ。そう教えられ感謝して帰ってきました。

そして、しばらくあっていなかった方々とお会いし、特にOさんとは、最後にお別れしていらい互いに嫌な思いを抱きながらそれそれの人生を歩んできた。「人を赦しなさい。」というのが聖書のメッセージだが、自分の力では無理なような気がしていた。数年ぶりに会って握手し、互いに互いの気持ちを謝った。キリストを信じるってやはりすばらしい。

帰ってくる、と家の片付けは本当に終わるのかと思えるほど続きます。

11月25日 パスポートが帰ってくる

日本のエージェントはすごい。約束した日にパスポートが届いた。ビザが取れた瞬間です。早速教会に連絡をすると、ちょうど祈り会の時で、その報告で皆さんの歓声があがったということでした。ある先生が、祝電で書いてくださった聖書のことばを思い出しました。「主は、語られたことを必ず成し遂げる。」 

行動リストをつぶす日々

それから出発までしなければならないことを一つ一つつぶして行っています。国際免許証申請、役所各種届、銀行の手続き、車の整備(数年置いて置くための準備)、携帯電話の取り消し、家族とのお別れなど。

そして荷造り、荷造り。友人が、スカイプでタイプしてきた。「がんばりすぎないでくださいね。」ありがとう。体を大事にしなくては思わされる。彼女は、スーツケースを見ることができないほど、海外での働きに疲れてしまったけれどもう一度神様の恵みで立ち上がった人だ。そうか。日本語の「がんばってね」ということばは励ましにならないんだ。「無理しないでね」というほうがなんと心が落ち着くことか。

主が導いてくださって30日は、Y牧師が空港まで送ってくださるという。これまでなしてくださった神様の恵みを振り返りながら、あと数日、無理をしすぎず、でもこつこつと荷物整理をしていきたい。


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31年目の同期会 仙台で盛り上がったよ

kinoshita

みんな姿は変わった。髪の毛が薄くなったり、しわが増えたり。でも、あまり変わっていない。K師は、今でもフルートを吹いて彼のユニークな働きをしている。

sharing

31年間のそれぞれを振り返って互いに一人一人の人生に神さまがどのように働いてくださったか語り合った。

yabuki

sushi

かっぱ寿司90円(税込み)のセール中。分かれて食事をした。

shugo


奥さん達は、同期会でもない。でも、直ぐに溶け込み(女性はすごい)、一緒に楽しい時を持ってくれた。感謝。

11月8日 特別な日



11月8日は、特別な日になりました。私たちが海外に出かける前に、みんなが送る会をしてくださったのです。友人たちが教会の内外からたくさん集まって祝ってくれました。

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私たちの出発を祝ってくれた皆さんに感謝しています。
圧巻だったのは、「主は、私たちの答えです。」という賛美を皆が現地のことばで歌ってくれたことです。インターネットで一生懸命調べ、意味を教えてもらい、そしてカタカナでふりがなをふって歌ってくれました。感激でした!

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hake_sambi2

Facebookに入って30年会っていなかった友人とつながった。


私は、誰に誘われたのかフェイスブックに名前を登録した。でも、やり方もよく分からず、ただ名前を登録したままにしておいた。でも自分の写真と簡単なプロフィールは載せていた。
プロフィール

仙台にいる友人の牧師さんが、私に「友達になろう」と申し込みをしてきた。オーケーをして、彼を通して友達の輪が広がった。彼のお姉さんは、外国の方と結婚して海外に住んでいた。先日、しばらく音信不通だったかつて一緒に働いたご夫妻と、娘さんのフェイスブックを通じてつながり、メールも復旧。カナダの「ホワイトページ」という電話番号検索サイトから電話も見つけ、1993年以来会っていなかったその友人と電話で話した。また、驚いたのは、1981年にダラスで一緒に勉強した友人を検索したところ、一発で出てきて、顔が同じだった。

すごい時代になったな~。
プロフィール

松村隆(パスター・フィリップ)

Author:松村隆(パスター・フィリップ)
1952年生まれ。埼玉県浦和育ち。1984年から海外にて言語研究や翻訳の働きに従事。2000年に原因不明の病気で帰国。2001年に児玉福音自由教会の牧師に就任。2010年2月正式にNGOのコンサルタントの働きに復帰。2013年6月日本に帰国。61歳。

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