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12月31日 スーザン・ボイル紅白で歌う

今日は、紅白歌合戦の日。日本に居たときは、ほとんど観なかった。でも、今日はスーザン・ボイルが紅白で歌う。パプアのこの家には、NHKが入るテレビはない。

早速ユーチューブにアップされた。キムタクが英語で話したのにきっと聞いていなかったのだろう。緊張していたのかな。彼女らしくていいと思う。

私が観たのは削除されていた。でも、まだまだ見つかるよ。


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12月30日 自転車を移動に

日本に居たときに、パプアに行ったら健康のためにも自転車を移動に使おうと考えていました。ところが、着いたその日から車を使うことになり、事務所のあるところ、また学校のあるところは、かなり急な坂を上ったところで車がなければここでの生活は無理と思うようになりました。

bicycle


かつてのジャヤプラとは違いとにかく車が多くなり、バイクが特に増えて渋滞が起こるほどになっていました。ジャヤプラにショッピングなどで3回ほど行きましたが、車を運転するだけでくたくたに疲れます。ほとんど生活に必要なものはセンタニで済みますので、車は時々ヨストさんのを借りて、後は原付バイクと自転車で生活することにしました。ちょっと右足の膝が痛いですが、体が引き締まっているのを感じています。

12月28日29日 クリスマスは続きます

お正月がないこの国では、確かにクリスマスソングは町にあまり流れなくなりましたが、まだクリスマスは続いています。握手をすれば「クリスマスおめでとう」と言います。

友人のパイロット・グスタフさんの家を訪れ、

グスタフ

また、同僚のヨストさんの家ではアメリカから輸入された七面鳥をいただきながらクリスマスを祝いました。(七面鳥は写真に写っていません)

ヨストクリスマス
ヨストクリスマス2


12月26日 謙一出発 (-_-,,)

今朝10時前に謙一が出発しました。オーストラリアにいる純に会うためです。1日、同じ日にパプアに到着して以来教会の交わりをし、生活を共にすることができ、時として私たちの助けになってくれました。謙一に取っては同じ時に過ごした友とも会えて喜んでいました。

kenichi leavingkenichi leaving 2

神さまは、私たちに恵みをたくさんくださいました。純とも5ヶ月間同じ屋根の下で生活することができ、ゆり子とも頻繁に会うことができ、児玉で短い生活でしたが共に生活できました。そして、今回謙一とも一緒に26日間生活できて本当に感謝です。



12月25日 近所訪問 古い仲間達と

この国では、25日になると各家ではスプライトやコカコーラの他、食べ物を用意して訪問者を待つ習慣がある。私たちは、近所の家を四軒回って自己紹介をした。

neighbor visiting
neighbor visiting 2
neighbor visiting 3


午後は、パイロットのウェストランドさんのお宅に招かれ、食事やゲームの交わりに加えていただいた。今日はこれで終わりかと思ったら、オヤン先生の青年達が夜の10時に訪れ、賛美をしてクリスマスの挨拶をして帰った。

christmas old timers get together


オヤン先生の教会で礼拝 そしてディディンの誕生会

オヤン先生の教会で礼拝をし、先生の娘さんのディディンさんの誕生会(12月20日)をしました。(家内は、12月6日生まれですが、なぜか彼女の誕生会にもなっていました)

oyang preach
cake
mic didien
ken didien


突然挨拶するように言われ、IIコリント12章からお話をしました。

sharing

matsumura seseray

bithday silent girlsbirthday silent boys

12月17日 謙一海へ 日本では大雪?

謙一は、かつて謙一が通ったインターナショナル校に通っている息子さんがいるパイロットのウェストランドさんに、一緒に波乗りに連れて行ってもらった。同じ頃日本の秋田では大雪で、帰国中の田口孝子さんがスカイプ経由で、雪の写真を送ってくださった。寒そう~。

paulsurfinakitasnow

それにしても同じ地球なのに、こんなに違うものかと考えさせられる。私たちは、今常夏の暑さと戦っている。最初は、暑さに感謝したものだが、だんだん体が適応するのに困難を覚えているのを感じ始めた。

tanamerahakitayuki




12月14日 TITIPのスタッフミーティングに出席

8時スタッフミーティングに初めて参加した。TITIPというこの団体が持っている学校には、毎年750人ほどの学生の応募者がある。そのうち選ばれるのは、16人だけだ。難関を突破する学生たちの能力は非常に高い。ほぼ100%英語でコミュニケーションが取れる。ここから主にある兄弟姉妹達が英語、クリティカルな考え、数学、信仰を教えられて、この国だけでなく世界に羽ばたいていく。

私たちは、教師としては招かれていない。でも、信仰面で助けることが期待されている。果たしてどんな働きが待っているのか。スタッフミーティングは、それを知る上で最高の場所だ。

staff meeting

staff meeing 2


このミーティングで、クリスマスのスケジュールも知ることができた。
また来年の計画も知ることができた。自分の役割が少し分かってきた。
コンピュータ関係の必要が一杯あることが分かった。

12月12日(土)13日(日)団体のクリスマス


12日は、同じ団体の翻訳関係者のクリスマス。あまり多くはない。賛美やゲームの後、グループで祈りあった。韓国人のSungkyuさんと祈った。おとなしいひげの人だが、今南地区で働いており、木を運んでもらう値段が折り合わず祈りが必要だ。

translator christmas


13日(日)

同じ団体の働き人達が一同に会した。ええ?こんなに居るの?このうち翻訳者は、ほんの一部だという話しを別の場所で聞いた。でも、彼ら一人一人は大切なパートナーです。

ただ個人的には、私はこの集まりにどうもなじめない。外国で、英語で話し、英語で礼拝し…私の考え過ぎか。

SIL christmas


12月10日・11日 3回目の移動 水のない生活 ポンプの修理

オヤン先生の家からセンタニに戻って、カーンバッカーさんの家に入ったのですが、水が流れていません。井戸のポンプに問題があると聞いていましたが、お隣さんも誰もいないので水を分けていただく訳には行きません。近所の方がちょうどバイクを洗っていたので水を分けてもらいました。また近くのジョンとユリヤさんの家でシャワーを浴びさせてもらいました。水がない生活は、かつてのグシマワでの生活を思い出させます。電気がない。水がないというのはこのパプアではもしかしたら当たり前なのかも知れませんが、まずこの経験をさせていただいて感謝しています。本当に水はありがたい。

早速井戸に入って見ました。すると、ポンプのコンセントが焼けていました。焼けたコンセントを取り外し線を直接つないで電源を入れると、ポンプから煙が出てきてポンプは回っていません。直ぐに消して次の一歩を待つ事に。

well checking
well fixing


11日の朝8時にラリーさんに車を借りに行き、オフィスの引っ越しの手伝いの続きです。午後2時頃ラリーさんがポンプの修理のために家に来てくれました。昨日発見したことを話すと、彼は10分もしないうちにポンプを外してしまいました。聞くところによるとTITIPの建物を建てたときに9本のポンプを全部彼が入れたということで経験があったのです。それから二人で力を合わせてポンプを分解しました。ベアリングがさび付いていてモーターが回っていないのです。WD-40(クレ555)を使って滑りやすくし、ラリーの車のオイルを数滴たらしてまた元に戻しました。そして、電源を入れてみるとポンプが回ります。「やった」と声を上げました。呼び水を入れて、ポンプを回し、水をくみます。井戸が浅いのがこの家の問題のようです。でも、そうこうしているうちに、家内が「水が蛇口から出たよ~」と叫びました。シャワーからも水が出て、今朝浴びた村の生活のような水浴びとは打って変わった豊かな水に感謝しました。主は、すばらしい。1月に帰ってくるカーンバッカーへのクリスマスプレゼントになりました。アメリカから帰ってきて、水がないというところから始めるのは大変でしょう。代わりに僕たちが経験することになりました。それにしてもラリーは、70歳であのエネルギーは信じられないという感じですね。


12月9-10日 オヤン家での一こま ジャヤプラの変化

朝6時に起きて魚市場に出かけます。魚の値段がぐっと高くなっています。オヤン先生の教会には、若い女性達、男性達が半ば寄宿しているようで毎日青年会を持っているようです。オヤン先生とスリー夫人は、彼らの生活、信仰の訓練をします。

silent girls
silent boys


かつて交通事故で生きるか死ぬかというところを通った娘さんのディディンさんは、癒され今は、ジャヤプラの病院で看護士として働いています。ディディンを含め青年達が私たちの来るのを待ちわびていました。前は、「パ(さん)・タカシ」「イブ(さん)・ミチコ」と私たちを呼んでいたのですが、今は、「オム(おじさん)・タカシ」「タンタ(おばさん)・ミチコ」と呼んでいます。オヤン先生が、松村たちは、彼らの家族として受け入れられたんだと説明してくれました。ジャヤプラを離れ、センタニに帰ってくると「オムとタンタがいないテーブルは淋しい。」と携帯にメールを送ってきます。

michiko didien


ジャヤプラで買い物をしました。今日は特にイ・英、英・イの辞書を買いに行きました。大きな本屋「グラメディア」ができていて本当にびっくりしました。失礼ですが、パプアの人は本を読むんだとさせ思わされました。

gramedia gate
gramedia inside


良くカイマナに行かないのかといろいろな人に聞かれます。今は観光ではないので、勝手にパプアを移動できません。家もまだ落ち着いていない、センタニでの働きがまだはっきりしていない段階でカイマナには行けません。ヨハン兄からオヤン先生の携帯に「パ・隆はどうしていますか」というメールが入りました。ヨハン兄の携帯は、電気のないところにいますので良くバッテリが死んでいてコンタクトが取れません。私は早速、「元気にしています。しばらくはカイマナに行けませんけれどよろしく。また連絡するね」とメールを打ちました。

12月8日 団体の引っ越し オヤン先生の教会のクリスマス と…


昨日朝の7時からのTITIPでのデボーションの後、スタッフ・ミーティングに出るかと聞かれましたが、まだ家も見つかって居らず、まずいろいろな人に会う事を私たちの仕事として受け止めてできることを何でもやろうと決めました。涼しかったパプアも、2週目に入り太陽ががんがん照りつけるようになり、熱帯雨林特有の気候になってきました。

ジャヤプラに行くのは夕方ですので、今日は、YPAのオフィスの引っ越しの手伝いです。70歳のラリーが重いものをどんどんと持ち上げ、謙一と私もTITIPの学生達と一緒に暑い中大汗をかきながら引っ越しの手伝いです。18日までは、しばらく引っ越し続きです。蕨から児玉、児玉からゲストハウスとやってきた私たちは、後数回「引っ越し」があっても大丈夫そうです。

YPAhikkoshiYPAhikkoshi2


マンディ(水浴・沐浴)をして汗を洗い流し夜のクリスマス集会に出かけました。ラリーが新車のトヨタの車でジャヤプラまで乗せていってくれましたので、静かで、エアコンが効いて、別世界のようでした。1日から泊まっていたゲストハウスは、お金がかかるので、ちょうどクリスマスの夜の祝会に招かれていたジャヤプラ市のオヤン牧師先生のお宅に3日間泊めていただくことにしました。でも、ゲストハウスがあって入れていただけるだけでも感謝でした。

oyangchchristmas


オヤン先生の教会で、クリスマス祝会に参加し、夕食を一緒にいただいて楽しい時を持ちました。心は燃えていても肉体はさすがに悲鳴を上げていて皆と話をしていましたが、11時に先に失礼しました。


12月7日 TITIPの礼拝 緊急時の対策

月曜日の朝7時、TITIPの学生たちに会うために、朝のでボーションに出かけました。その日、メッセージをしたケンさんが私たちを学生に紹介してくださいました。この学校では全パプアから選ばれた16人の学生たちが寄宿し、英語で学びを受けています。

morningdevotion


礼拝の後、朝の8時半頃一軒の借家を見に行きました。今週の金曜日には帰国する方が又借りしている家です。そんなに悪くないのですが、ご主人の病気のために帰国されるので、家具はあるもののがらーんとしていました。でも、この時期、家具付き(他の人が借りて家具をそろえてある)の家はなかなか見つかりません。

急いで9時からの緊急時対応のための準備セミナーに出ました。私たちは新メンバーではないので一緒に出た方々は、この国に初めて来られた方々でした。

colleaguesmarkteaching

夜突然同じ団体のジュディから電話をいただいて6ヶ月家を借りても良いよというお話。早速家を見に行きました。今朝見てきた家の方に、借りるよと話していましたので躊躇しましたが、家具も全部そろっており、教えることになるTITIPと同じ通りにあり、歩いても行けそう(ちょっと時間はかかる)なので、相談して前の家は断り、この家に泊めていただくことにしました。18日にジムとジュディたちが出ますので、10日にカーンバッカーの家に移り、8日後に彼らの家に移る事になります。しばらくは、辛抱ですが、主が導いてくださっていますので本当に感謝しました。来年の6月頃再び引っ越しをすることになりますが、とりあえず長期に住む事ができるので感謝です。


12月6日 最初の日曜日 アグスさん、パウラさんと

パプアについての最初の日曜日、かつて通っていたエベン・エゼル教会で礼拝を持った。乗り合いタクシーで教会に行くことから始まる。礼拝堂の前には大きなクリスマス・ツリーが‥‥。汗をかきながら、扇子で扇ぎながらクリスマスキャロルを歌う。1984年のクリスマスに感じた驚きはなかった。

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その教会は、アグス先生が行っている教会だ。礼拝が終わると土砂降りの雨。乗り合いタクシーでレストランへ。家内の誕生日のお祝いにちょっと奮発してお食事に。アグス先生は、謙一に主の働きにパプアで一緒に働こうとしきりに誘っておられた。

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夕方、団体の日曜の夕拝にでかけた。昨年来たときには、今日の半分も居なかった。証しをするように頼まれ、嵐のような拍手で迎えられた。びっくりした。一人のパイロットが「君たちがこの町に1年でも住むことができるというニュースにただただ嬉しい」と語ってくれた。

michikosharesundaymeeting

明日は、家を一軒見に行く。学生たちにも会いに行く。楽しみだ。

12月6日 寝てよー日 メカニックのご夫婦に招かれた。

さすがにパプアに到着してから毎日走ってきたので疲れがでた。今日は珍しく朝から寝ていた。

夜は、ショブロムご夫妻が食事に招いてくださった。

sjoblom


12月4日(金) 次の家 ジャヤプラ ホンテさんご夫妻

将棋で言えば、「次の一手が決まった」というところでしょうか。歩いて1分のところにある翻訳者のカーンバッカーさんの家が10日に空くので、とりあえず来月の16日までは、そこに住むことが決まった。スーツケースの生活者にとっては移動は簡単だ。(入れた荷物がスーツケースには入らないと思うけど…笑)ただ、課題があって井戸のポンプが壊れているので直す必要があるということだ。(>_<);

予定としては、8日にゲストハウスを出て、ジャヤプラのオヤン先生の家に一時移動し、10日にカーンバッカーさんの家に入って生活を始めるという筋書きだ。

toyotarush
jayapura


そのジャヤプラの銀行のATMを使ってお金をおろしに出かけた。かつての団体で働いていたときは、会計部へ行けばいつでも自分のお金をおろすことができたが、今はすべて自分でやる。(当たり前?) 長期ビザが降りないと銀行口座が開けない。「不便」である。

ジャヤプラから見渡す隣の国は、きれいだ。天気があまり良くなかったので写真はそれほどではない。

skyline

skyline watching


夜は、パプアのリーダーであるホンテさんと奥様のクムスックさんに招かれて食事をした。子供の学校のこと、働きのこといろいろと話をして、大いに笑った。気がついたら9時半だった。

hongtaegumsuk




12月3日(木) オヤン先生と私たち 謙一と出身高校

お忙しい中オヤン先生が、これからのことについて話しに会いに来てくださった。長期ビザの展望も見えてきた。

oyang & Matsumura

翻訳ティームが借りることができるエアコン付きの部屋が与えられたので早速仕事関係の荷物をそこに運び込んだ。山を背景に環境の良い職場だ。

山を背景に二人

帰りに謙一が卒業した高校に立ち寄ってみた。新しい体育館や寮が建てられ変化の多いのに驚いていた。彼は、アメリカでの生活に疲れを覚えていたのか「いいなあここは」を連発していた。帰る途中、謙一が目ざとくかつて謙一を教えてくださった英語の先生ジョアンさん(ジョギング中)を見つけて彼女を呼び止め驚かせた。図らずも同じ色のTシャツだった。

謙一とHIS

ジョアンと謙



12月2日 ”パワー”ステアリングと停電

パプアでは、停電は当たり前だ。今日も一日停電らしい。日本から持って行った懐中電灯が役立った。日本では車の修理位にしか使わないが、こちらでは免許証を携帯するのと同じくらい必要だ。

今日も筋肉痛でベッドに体を横たえた。確かに長旅の間に手荷物検査で何度も重い荷物を検査機の台の上に持ち上げたけれど、Titipが持っている借りた車は、本当の「パワー」がいるステアリングでしかもやたらとUターンが多い。外から帰ってくるとシャワーを浴びて着替えないとやってられない。

car driving

こちらでは、24時間以内に、パスポートを持って警察に届け出なければならない。アグス師が忙しいミーティングを抜け出して一緒に行ってくださった。

ウィラ


ウィラさんは、これからの働きについて、家探しについていろいろとアドバイスをくださった。事務所のパウラ姉もいろいろと情報をくださった。事務所でパウラさんと話していると、見かけた顔の人が入ってきた。コルニー兄の奥さんハイケ姉だ。彼女は、だれだれの家が空いているよ。と教えてくれた。またレストランで昼食を取っていると、アメリカ人のメンバーの人が近づいてきて、一人は、8ヶ月家を探しているという強者だった。今はなかなか家がないということだがいくつか可能性が見えてきた。

モア


午後は、警察から帰ってくるとくたくたで寝ていた。すると、家内にたたき起こされた。「あなた。モアさんのところに夕食を持って食べに行くことに決めたから起きて。」雨がざあざあ降る中だったが、モアご夫妻と楽しい夕食の時を持つことができた。

家内曰く、「エアコンの音がうるさくて、あなたのいびきが聞こえない。」やったー!!!


無事パプアへ到着 26時間の旅 停電の洗礼

皆さんお元気ですか。クマゼミの鳴くセンタニのゲストハウスからご連絡しています。昨日、朝5時半支える会の矢吹牧師先生ご夫妻が児玉までお迎えに来てくださり、成田空港まで連れて行って下さいました。結局家内は一睡もせず最後の夜は朝まで片付けに追われ、気がついたときには幕張の観覧車が見えました。

michiko


成田では同じ支える会の牧牧師先生と丸山姉妹が送りに来てくださいました。コーヒーを飲んで祈ってくださいました。

naritaprayer


11時成田発 ガルーダ881便でバリ島のデンパサールまで直行。荷物の検査と入国手続きを済ませ、急いで国内線ターミナルへ。17:50発 ガルーダ413便でジャカルタへ向かいます。

narita yabuki


ジャカルタへ着くとまずタクシーの運転手たちとの戦争のようなやり取り。第二ターミナルから第一ターミナルへ行くのに、粘ったら半額になりました。小銭もなく勝手に荷物をトランクに入れてお金を請求する人を振り切って、第一ターミナルへ。

そこでライオン・エア航空の入り口で手配してあったチケットを受け取り、22:30頃(日本時間0:30頃)ジャヤプラへ向かって飛びたちました。日本時間で朝の7時半にジャヤプラ・センタニ空港に到着しました。家を出てから26時間位の旅でした。ライオンエアは、格安航空ですので、フライト中水すらも出ません。つらかったのは、足のひざと前の座席との間が2センチ位しかなくじっと耐えるフライトだったことです。でも、無事着きました。

inthemorningpapuachikashi
michikohansodesentani airport


空港では、オヤン先生、奥様、オヤン先生が預かっている子供たち、同僚のラリー兄、ウィラ姉、アン姉が迎えてくれました。(あわてていて写真を撮り忘れました)ゲストハウスに着いたのが8:30頃。とにかく手荷物を受け取るのに時間がかかったのです。そして、国際免許が役に立ちました。早速ラリー兄の車を借りて空港へ。今度はアメリカから休みでやってきた謙一を迎えに行きます。

coto


朝食を食べに出かけました。3人で「この氷大丈夫かな。この食事大丈夫かな。結局最初は、食あたりの洗礼を受けなければだめだよね。」と言いながら牛の内臓スープの食事に出かけました。物価が高くなっています。3人で850円になりました。帰りに、センタニ空港の団体の持つハンガーに出かけました。数人パイロットの人たちやメカニックの人たちと歓談した後、ゲストハウスに帰って昼ね。夕方になっても家内と謙一は起きません。

私たちを待っていたのは、夕方暗くなる頃普通に起きる停電でした。

7時過ぎに、パイロットのポールとラバンの家に食事に招かれて出かけました。
最近のパプアの状況や、昔の話で花が咲きました。奥様からは、借りられそうな家の貴重な情報もいただきました。

westlundlavonne&michiko

今、28.5度です。比較的すごしやすいですが、なんせ10数度のところから突然熱帯にやって来ましたので、こんばんはエアコンを付けて寝ます。明日から家探しです。友達が探してくれることは感謝です。

なが~い旅でした。




プロフィール

松村隆(パスター・フィリップ)

Author:松村隆(パスター・フィリップ)
1952年生まれ。埼玉県浦和育ち。1984年から海外にて言語研究や翻訳の働きに従事。2000年に原因不明の病気で帰国。2001年に児玉福音自由教会の牧師に就任。2010年2月正式にNGOのコンサルタントの働きに復帰。2013年6月日本に帰国。61歳。

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