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停電に対抗して

やっと停電に対抗して電源を確保することができた。12月1月と結構停電があったが、1週間に一度位だったのでそれほど気にしていなかったが、3月の後半から、毎日のように停電が起こり、仕事にも差し支えるようになったので、ついにこれ以上待つことができなくて、70Aの車のバッテリーを購入した。神さまはすばらしい。井戸のポンプを一緒に直してくれたあのラリーさんにバッテリーの売っているところを電話で聞いたところ、間違って交換したまだ元気なバッテリがあるから使ってくれという。それが70Aのバッテリーだったので、70Aの新しいのを別に購入して、並列につないで、140Aの容量を持つバッテリシステムを作った。

batterysystem


そこにインバータと呼ばれる、12vから200vAC電源を生み出す機器をつないで、デスクトップコンピュータとノートブックコンピュータ、それにLCDモニターを一台つないで一日使ったが、バッテリの充電ランプがしっかりついているし、出力は200Vを指している。すごーい。これで電気が切れても驚かない。感謝。


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ミルトンは、明日帰ります。

ミルトンは、初めて改訳に参加しました。非常に新鮮な目で、翻訳の問題点を指摘してくれました。気持ちは、もう少し長く居て欲しかったのですが、きっとこれからも助けてくれるでしょう。このような若い人が働きに加わっていることは感謝です。

miltonbye


肩の痛みは大分よくなってきました。朝5時半の水泳クラブに入ることになりそうです。今日は雨でお流れ。朝の5時半にプールへ行けるなんて常夏のパプアだからできることですね。家内は、運動のため歩いて20分位のところへ買い物に行きました。

マタイ5:37「そういうわけで、あなたがたは、考えてみてそれがみこころにかなっていれば、『はい』と言うし、かなっていなければ『いいえ』と言いなさい。それだけです。それ以上のことばをあなたがたが言うならば、サタンがあたたがたに言わせているのです。」

シィルツァーさんご夫妻たち / サタンが足を引っ張る

日曜日の夕方、何と20年以上ぶりにシィルツァーさんご夫妻たちと会うことができた。奥様は、日系アメリカ人。かつて一緒に働いたスオーツさんの娘さんと一緒に写真に。ご主人は、かつてのボスだ。

silzer

今週は、スルエという島で、本の献本式が行われ、色々な人がやってきているようだ。

私たちは、いつものように、翻訳に励んだ。金曜日になって、大型のLCDモニターを使って、常に新しい訳を表示して改訳するという方法を思いつき(回転が鈍い)、非常に快調だ。

miltonyohanwork
手前がヨハン、笑っているのがミルトン

ところが、一週間前に来たばかりのミルトンさんが、教会の都合でどうしてもカイマナにあさって帰らなければならなくなった。びっくりしたが、きっと神様には私たちには分からない何かがあるに違いないと積極的に受け止めている。ミルトンさんは、几帳面で、細かいところに気がつく。私たちにはこのような人も必要だ。

肩こりは、どうしようもなくひどい。ムーン・・・。



サタンの声に惑わされてはいけません。

詳しくは書けませんが、今週予期できないことで私の心に「結局私は必要とされていない人間なのかも知れない」という思いが湧き上がってきて止まりませんでした。私は、日々の忙しさの中に自分を没頭しようとしましたが、この思いが消えません。

でも、毎日の翻訳の仕事は楽しく、きれいに整っていく文章を見て感謝せざるを得ませんでした。今日は、土曜日でしたのでチームにいつもより遅く家にに来てもらいました。午後まで彼らの翻訳を見て、そして、夕方おととい電話があったマルコスさんのところに突然でしたが訪問しました。

takmark


何と、彼が相談したかったことは、私が、自分の団体でユニークな経験をしてきた正にそのことと一致していたのです。自分の口から出てくる文章が彼の状況に余りにもぴったり来るので自分でも驚きました。そして、今週の初めに思った思いがサタンの声であり、私を落胆させようとする試みだったことが分かり、今まで自分の生きてきた人生が、他のだれも同じような生き方をした人は居ないし、自分の性格ともあいまって、主が必要としているのは、今主の前に生きているそのままの自分なのだと気づかされました。

「私(イエス)は、あなた(ペテロ)の信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だから、あなたが立ち直ったら他の兄弟たちを力づけてあげなさい。」ルカ22章32節


働きは、「退く」こと!?

昨日YPAのオヤン主事が食事を交えてヨハン兄たちと交わりの時を持ってくださいました。来年からのYPAのカイマナ進出のことについても、ヨハン兄たちの働きが、彼らの主導によって行われることについても話し合われました。

そこで主の不思議を感じたのは、「時が来た」ということです。昔マランにイラルトゥの人たちを呼んだ時に、「これからは、君たちが主体となって働いていかなければならないよ。」とお話ししましたが、顔は、きょとんとしていたことを思い出します。1994年のことです。

oyang & team


昨日、オヤンさんとヨハンさんが話す中で、YPAとイラルトゥの人たちが主体となって働いていくということが明確になり、ヨハンさんが、オヤンさんと全く同じ話しをしていることが印象でした。もうきょとんとしている人はいないのです。私は悟ったのです。私の仕事は、どこまでも自分が主体となって働くことではない。むしろ、いかに自分が退いて、イラルトゥの人たちが自分たちの足で立って、働きを進めて行くか、そして、それを助けるために自分が今ここに使わされているのだということを・・・。自分が退くことが仕事なのだ。これも祈りと知恵が必要だ。

中間休み マリウスとヘレンス

ちょっと張り切りすぎたようだ。今日は、1時で仕事を辞めにして、体を休め後半の翻訳に備えることにした。難しい箇所も多々あるけれど、翻訳は進んでいる。

昼寝を始めてしばらくして、外で声がした。マリウス兄が病院に通院させて治療中のお父さんのヘレンスさんを連れてわざわざアベプラからやってきた。大分よくなっているようだが、私と家内を思い出さなかったようだ。

mariusherens

ヘレンスさんは、昔一緒に働いた同士だ。ヨハンたちの泊まっているところへマリウスがヘレンスさんを連れて行った。帰ってきて一緒に食事をして、先ほど帰った。ヨハンのことは覚えていたようだが、名前は出てこなかったという。みんなで回復を祈っている。

楽しい毎日(三日目)

昨日は、半日電気がなかった。でも、幸い必要なものは、プリントアウトしてあったので助かった。ヨハンたちは、朝7時に家に来る。朝食を取って、8時に仕事がスタート。1時か1時半に食事をして、午後は昼寝をする。1時間以内で起きるが夜まで働くエネルギーを回復する。

昨日は、夕方の6時半まで働いた。それから夕食を買いに行って食事を済ませてヨハンたちが帰ったのが8時だった。雨がざあざあ降っていたので帰宅が遅れた。体は確かに疲れるが、こころは、すがすがしい。またこの国では、昼寝が必要だということも悟った。それにしても、楽しい。戦いのときもあるが、楽しい時もあっていい。

マリウスがバイクの免許を取ったということだ。そのうち我が家のバイクを借りに来る。私は、預かっているバイクを使う予定。マリウスは、お父さんの具合を見ながら40分位かけて仕事にやってくるので乗り合いタクシーではらちが明かない。今日ももう一日が始まる。

皆さんもお元気で。

ヨハン、ミルトン ダイニング・テーブル

土曜日に到着した、ヨハンとミルトン。その夜は、お父さんの治療をしているマリウスも加えて話し合いました。マリウスもいずれチームに加わって翻訳をするということでした。

月曜日は、まずTITIPのミーティングから始まります。いろいろな報告がされましたが、もしかしたらTITIPの学生の中に、「低血糖症」の子が居るということで、二人の男子学生が時々倒れたりします。助けることができればと祈り始めました。

9時に、家内と帰宅。すでに7時から来ているヨハンとミルトンは、先にマタイを読んでて居ました。私たちは、ダイニングテーブルを奥のリビングに運んで、玄関口で働いているチームからちょっと離れたところで、午後2時まで働き、昼食を取り、1時間くらい昼寝して、夕方から夜まで再び翻訳をしました。日本ですでに改訳の準備をしていたのが今非常に役立っていて、1章から2章に入りました。

20100322miltonyohan


イラルトゥ語の難しさ。
2重否定がありません。「あなたは、決して重要ではないわけではない。」これを翻訳するのが大変です。夕方このような箇所が出てきて、みんなで正しく理解するところから始まりました。結局時間もかなり進んでいたので、夕食を食べて、ヨハンとミルトンは、母語翻訳者の宿泊所に帰りました。

明日(今日)は、マリウスがやってくるということです。

カイマナから友人たちがやってきた

20日土曜日朝からスコールだ。今日は、ヨハンたちがやってくる日だけれど大丈夫だろうか。

rain morning

午後2時、センタニ空港にヨハン兄とミルトン兄が到着した。3月1日に来てほしかったのだが、団体の飛行機(もっと安くて安全)を予約しておいたら、ちょうど定期検査に入ってしまい、それが終わるのを待っていた。ところが、定期検査の結果、部品を交換することになり、PC12は飛べなくなってしまい、Express Airという航空機でやってきた。

yohanmiltonmichiko


宿泊所の掃除、買い物などに時間を取られたが、お父さんの治療のために先に来ていたマリウス兄も加えて夜8時まで交わりをし、今週の計画を立てた。これからいよいよ、翻訳の働きに取り掛かる。感謝だ。それにしても、体が悲鳴を上げている。今の予定では、土曜日も翻訳をしようと計画している。彼らは3週間から1ヶ月ここに居る予定だ。


TITIPの学生が日本食を食べに来た!

ワメナから帰ってきてその夜、TITIPの学生たちが夕食にやってきた。外は大雨。やってきた18人位の学生は皆疲れた様子。「勉強が忙しいの」と聞くと、木曜日に発表するスキットの練習で疲れたとか。途中で疲れなどで帰った学生も居た。かわいそ~。

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海苔巻きを作るミヤ・ケティ・ノフィタ

それでも、女の子たちの一部は、日本食の作り方など興味津々。キッチンやダイニングでは、キャッキャッと声がする。海苔巻きを作り、しょうがを煮て、最後は、生魚の海苔巻きまで作る。女の子たちは、美味しいと言って食べたが、イチェンは、途中まで食べて「これ、無理」とか言ってトイレに駆け込んだ。

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エクイン・隆・イチェン
エクインは、将来翻訳者になりたいと祈っている。


皆はしの使い方を一生懸命習ってがんばって食べた。スプーンを使った人は一人しかいなかった。ヘンキーは、途中までスプーンで食べていたが、「先生。使い方教えてください」と箸の使い方を習って食べた。食後は、家内の特性どらやきのデザート。(どらやきは、ドラえもんの漫画で余りにも有名なのだ) パンケーキのように丸くやいて、小豆はないので、緑豆で代用して、皆喜んで食べた。びっくりしたのは、寿司のつまみにと作ったしょうがが人気があったことだ。

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ノフィタ・ケティ・ディナ

最後は、折り紙教室。それまで眠そうだった子も真剣に作り方を学んで最後に自分で作った鶴を差し出して「ハイポーズ。」せっかくの祭日だったのに、もう少し学生たちに余裕があると思ったのにちょっと残念だ。でも、学生たちを更に深く知る機会となった。

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origami
左は、日本にも来たことのあるTITIPの校長的存在ウィラさんとご主人のラリーさん



高地ワメナへ1泊2日の旅 One day trip(overnight) to Wamena

早速マルコスさんの翻訳チームの企画会議が山間部のワメナで行われることになり、チームを助けるために15日でかけました。

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朝6時に空港へ。空港に行くのが早すぎて一人だけフライト①に乗せられそうになりました。聖書協会のウェナス師は、7時にジャカルタから到着して、私たちと合流して眠そうです。

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ウェナスさん、私、マルコスさん

長く待たされた末、9時過ぎについにフライト②の機上へ。40分位でワメナに到着しました。昔は、小さな飛行機しか飛ばなかったので、1時間半を予想していました。(数独などを持って) ところが、プロペラ機でも大きな飛行機ですので、早かったです。

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ベチャ(人力車)で、ホテルへ。それからマルコスさんたちは、ミーティングの準備で大忙し、ウェナスさんは長旅でお疲れ、休みを取りました。私とマルコスさんは、旅行手形(センタニ町の警察で発行される)を持って警察にワメナ到着の報告と出発の予定などの報告をしにいきます。(外国人は、パプア内移動の際は旅行手形が必要です)

meeting walak

ウェナスさんも起きて、ミーティング場の変更により近くの教会でミーティングが始まったのは、午後の2時になっていました。マルコス兄が持ってきたプロジェクターに画像が映らなかったのを写せるように調整したり、ミーティングに必要な水や紙を買いに行ったり、ウェナスさんの接待などなど、チームの裏方をさせていただきましたが、ミーティングでは、ワラック翻訳プロジェクトに必要なことについて意見を述べさせていただきました。

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左から3番目がマルティヌスさん

また聖書協会の意見を述べられたウェナスさんもお疲れのようでしたので、皆で写真を撮った後、ホテルにお連れして、夕食も一緒にしてずっと接待をさせていただきました。その間、翻訳委員会の委員長をはじめ代表の方々と、マルコスさんを始め翻訳チームは、夜の7時までこれからの計画についてじっくり話をすることができたようです。

ワメナは、高知にあり、夜は雨も降って気温が、24度になり非常に寒かったので、毛布とシーツをかけて寝ていましたが、何度もトイレに起きると、前のマルコスさんの部屋では、電気がこうこうとついていて話し声が聞こえていました。

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翌朝早く5時半に目が覚め、6時過ぎに散歩に出かけました。ワメナの朝は、コーヒーがなくて困りました。今度来るときはインスタントを持って来ようと思います。人々はセンタニとは違い朝の散歩を楽しんでいるようです。

jetengine.jpg


マルコスさんは、後に残って翻訳チームとさらに話し合いをします。センタニに住んでいるマルティヌスさんと一緒に、来たときはプロペラ機でしたが、帰りはジェット機(何とプロペラ機もジェット機も値段は同じです)で30分でジャヤプラに戻ってきました。マルコスさんとチームは、翻訳プロジェクトのために大きな一歩を踏み出すことができたようで、私もその大切なミーティングでご奉仕させていただいて感謝でした。

でも、ワメナは寒すぎた。(24度でしたが・・・)

<追記>
夕方市場にウェナスさんのお土産を買いに行きました。すると、豚が人々に抱かれて値段の交渉が行われていました。今まで一度もみたことのない見たことのない光景で興味深かったです。

pig market

<追記2>
ミーティングの会場となった教会の講壇の後ろには、2X3メートル位の大きな絵が掛けられていました。聞くところによるとワメナに住んでいるアンボン人の画家が書いたとか。モチーフは、ヤコブが岩を枕に眠って天使が階段を天から降りたり上ったりしている夢を見たところ。創世記28章。その大きさと、ヤコブも天使の肌も黒いのが印象的でした。

bethel art


主は、生きていて、導いておられる

カイマナ町からヨハン兄たちを呼び寄せて翻訳の働きを始めようとしてきたが、なかなか道が開かれない。ビザの手続きに手間がかかってようやく団体の飛行機を予約したら、PC12は、定期点検のために、2週間飛べないという。

Yohan & Tom


早くても15日だ。翻訳に関わってきたマリウス兄は、お父さんの具合が良くないので、飛行機代も高いが3月6日にお父さんをジャヤプラの親戚のところまで届けたという連絡がヨハン兄から入った。私はてっきり二人で来たものと思っていたので、日曜日の夜「彼ら」が泊まっている親戚の家を訪問しに、30分位かけてバイクででかけた。バイクを表通りの近くにおいて、雨でぬかるむ道で足をはまらせながら30分位かかってようやくたどり着くと何とお父さんしか来ていなかった。でも、マリウス兄の「お姉さん」ローズ姉が、対応してくれ、マリウスの新しい携帯の電話番号を教えてくれた。

マリウス兄


早速マリウスに電話したが、日曜日は夕方の礼拝で携帯は消してあるとローズさんが話してくれたが、案の定、電話は繋がらない。

家に帰ってくると、月曜日の朝マリウスから電話があった。ローズさんは、二人で来たかったのだが経済的に大変だということを話しの中でにおわしていたので、私はマリウス兄を援助することにした。TITIPの朝のミーティングが終わると、銀行から送金を完了した。マリウス兄は、ほどなくしてお金を無事受け取って感謝のSメールを送ってきた。

フライト・コーディネータのブラッド兄から連絡が入り、検査の結果部品を交換する必要が出てきて15日の週は、フライトが限られるので、18日木曜日しか飛べない、しかも、カイマナまでは行けないので、ヨハン兄に途中の町ナビレまで一般の航空会社で飛んできてくれないかと連絡が入った。

ヨハン兄は、私からなかなか連絡が入らないのでSメールで、出発の予定は決まったかと連絡をしてきたばかりだ。そこで電話をかけて18日にしか飛行機が飛ばないこと、マリウス兄はお父さんのことでかかりっきりなので翻訳にくわわれないからもう一人だれかを連れてくるように人選を頼んだ。そして名前が挙がってきたのが、セプテル兄だ。彼は若く、お父さんがバボ(カトリックの地域でイラルトゥ語の一つの方言)出身、お母さんが、マリウス兄と同じバイド村の出身だそうだ。マリウスの友人で、神様は、50代のヨハン兄から次の若い世代に働きをゆだねようとしておられるのだと確信した。

そうこうしている内に、YPAの主事オヤン先生が、YPAの翻訳者たちとの会合を召集した。12日金曜日だ。オボグイ・プロジェクトのコルニー師、とワラック・プロジェクトのマルコス師との会合だった。オヤン先生のほかに、YPAの長老コンサルタントのラリー師も出席した。


missiondeplarry yost

左から、松村、マルコス師、コルニー師、オヤン師 写真を撮ってくれたラリー師

とても和やかに、しかし、真剣な話し合いがなされ、私がYPAのコンサルタントとしてコルニー師とマルコス師と一緒に働くことが主事から伝えられた。そして、コルニー師、マルコス師の二人の証しと働きの状況が伝えられ、今まで一人で働いてきたが、今度は私の助けを得ながら働きが前進するように願っているとのことだった。

コンサルタントとして様々な質問、提案をさせていただいた。コンサルタントというよりは、助けてとして働きたいと願っている。メンバーからも助けの要請が挙げられた。その中で、導かれて私は一つの質問をオヤン先生にした。「先生。YPAは、イラルトゥ・プロジェクトもYPAのプロジェクトとして加えていただくことになりました。ということは、ここにもう一人ヨハン兄が加わって、私は彼も含めた3プロジェクトのコンサルタントになるのではないですか。」オヤン先生は、すかさず、「正にその通りです。でも、ヨハン兄は、まだここに居ないので、彼が来たら彼も加えて新しい体制でスタートします。」

頭がすっきりした。主をほめたたえる感謝な気持ちがあふれてきた。すると、マルコス師が、月曜日にワラック・プロジェクトの翻訳のための聖書協会と翻訳チームの会合をワメナで行うという話しをした。そこで、私は、この会合に出席してワラック・プロジェクトの方向を見定めることになった。月曜日の朝、ワメナに飛んで、火曜日の早朝、センタニに戻ってくる。そして、火曜日は、祭日で、TITIPの学生が18日ほど食事にやってくる。木曜日には、ヨハン兄、セプテル兄がセンタニにやってくる。

なんと言うことでしょう。神様の御手があり、一つ一つのことが順序だてて導かれている。弟子たちが、嵐を鎮められたイエス様を見て、「嵐まで静められるとは、一体この方はどんな方でしょう」と驚いているが、今自分の頭の中に、この国に出発できなかった2009年の1月のことが思い出される。あえいであえいで、1年2ヶ月、正式なビザをもらって今働きが始まる中で、12月からの3ヶ月の準備期間の大切さ、道が開かれなかったその期間も、主はこの日のために準備されていたということなのだ。私はそう思うと、弟子たちと同じような思いにされる、「一体このイエスというお方はこれからどんなにすばらしいことをされるのだろうか」と。


眠れない。虫とかゆみとの闘い。

ご無沙汰しました。5日金曜日からインターネットに繋がらなくなり、昨日9日にようやく電話局の人たちが来て色々と調べてくれました。夕方3時過ぎにようやくネットが開通しました。我が家のリビングで働きに来ている翻訳チームの人たちにとっては死活問題で、何度も電話局に電話したり、電話局に出向いたりしてようやく開通の運びとなりました。感謝。

私たちにとっては、夜が怖いという日々です。家内は、特に虫に好かれるタイプで、二人が立っていても家内の方が刺されます。アガスというぶよの仲間が昼となく夜となく家内のまぶたをねらって刺しに来ますので大変です。草が多いところに座ったりすると直ぐに来ます。寝るとき家内は完全武装です。頭は、スカーフ、顔は大きなマスク、そして、長袖長ズボンのパジャマ、シーツをかぶって寝ます。私もそれほどさされませんが、朝方あちこちがかゆくて起こされます。ゆっくり寝たいのですが・・・。


インターネットがつながりません。

5日金曜日からネットにつながりません。つながったらまたブログアップデートします。

教会のセミナーとTITIPのコンピュータクラス

いつも通っているエベンエゼル教会で結婚と家庭セミナーが行われ、スモールグループの一員として奉仕し、また、木曜日には証しをすることになっている。

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今、TITIPでは、会計報告を出すために一丸となって奉仕を皆で分け合っており、私も会計の数字のデータを一日コンピュータに入れ、午後はニール兄の代わりにコンピュータ・クラスを受け持って、夕方家に帰って直ぐに教会にやってきたので、体はくたくただ。今週はかなり厳しい。でも、この暑い国できちんと健康を保ちながら自分のペースをつかんで働くことの大切さを教えられた。

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ニール兄



プロフィール

松村隆(パスター・フィリップ)

Author:松村隆(パスター・フィリップ)
1952年生まれ。埼玉県浦和育ち。1984年から海外にて言語研究や翻訳の働きに従事。2000年に原因不明の病気で帰国。2001年に児玉福音自由教会の牧師に就任。2010年2月正式にNGOのコンサルタントの働きに復帰。2013年6月日本に帰国。61歳。

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