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日曜日の夜の「ファンナイト」は大うけ、魚のふりかけプロジェクト

TITIPの学生たちが計画して、日曜日の夜楽しいゲームナイトをした。単純なゲームだったけれどみんなおおはしゃぎ。色々生活の中の戦いを忘れるときとなった。ヨハン兄の家族とぐっと近づいた。そして、月曜日は、大きな魚を買ってきて、村おこし作戦の第一弾として、「魚のふりかけ」作りをヨハンの子供たち、奥さんと行った。一日大変だったが夕方完成して、暗くなるなか、ビニールの袋に分けた。計算で行けば、1500円位の儲けがでるはずなのだが…。恥ずかしがって売りに行けないという思いもしなかったことが起きて、ちょっとがっかり。祈っている。

それでも、壊れていたジェネレータを友人のヨシさんが、来てくれて直してくれた。私は、パーツを買いに使いっぱしりになったが、何とか夕方までに、修理が終わり、最初の状態よりもずっと良くなった。ところが、暗くなる前に、PLN(東電のような会社)の人がやって来て、電気のメータを設置し、そして、電柱に登ってケーブルを接続した。突然、パーッと明るくなった。しかもガソリンを気にせずに電気が使える。本当に不思議な感じがした。最初電気の申請をしたのは、もう8年ほど前になる。前の晩は、ジェネレータが壊れたので暗闇の中、キャンドルで色々と話をしたが、それもまた良い思い出になった。

これから日本対パラグアイの試合、どんな「具合」になるのだろうか。もう少し今晩はがんばって起きていなくては。



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盛りだくさん、風邪。

TITIPの学生の実習は、盛りだくさんになった。言語学特に音声学の勉強をしたり、それから、実際にヨハン兄からイラルトゥ語のことばを収集し、次の日には、イラルトゥ語の音韻チャートを作らせたり、また、私たちが今回祈りながら計画している、カイマナにおける村おこしプロジェクトのためのブレーンストーミングなどもした。とても良い視点を持っている。人々の前で英語を使って自分の「すごさ」を見せようとすることもなく、へりくだっている。金曜日の夜には、翻訳理論についての講義の時間に図らずもなった。

水曜日の夜は、祈りの時を持ち、木曜日は、イラルトゥのリーダーたちが集まってこれからのイラルトゥの発展について夜遅くまで話し合った。ジャワでの教師になる勉強から帰ってきたロミ(長男)の無事の帰還を感謝しての食事会だった。

ヨハン兄が風邪をひいていたのだが、どうやら私に移したらしい。うがいをして、のどスプレーを塗ったりしたが、一向に良くならず、今朝からついに抗生物質を使い始めた。そのうち、家内も私も腰が痛くなり、若くないことを感じたりしている。

今日は、夜TITIPの学生たちがヨハン兄の子供たちを呼んでポップコーン・パーティーをするようだ。ピサンゴレン(揚げバナナ)も用意している。学生たちは、今週もうひとつの言語にチャレンジしてワードリストを集める。また、村おこし作業の最初のプロジェクトとして魚を市場で買ってきて、ふりかけを作って売ってみる予定だ。学生たちは、木曜日に帰ってしまう。ある面、さびしいのだが、家内と私以外の人が家に一緒に住んで生活し、彼らを色々訓練するのは思ったより大変だ。ほっとして、翻訳に取り組みたいと思っている。



TITIPの学生が着ちゃったよ。

17日木曜日の朝6時半、突然携帯の音が鳴った。TITIPのリサール兄からだ。何だろうこんなに早く。話を聞いてみると、「パ・タカシ。今日カイマナに飛行機が飛ぶことになりました。TITIPの学生二人の訓練をよろしく。」くたくたの体だったけれど、主がお入用なので「はい。わかりました。」二人は、11時に到着、早速2週間のプラクティカムが始まった。まだ住む家の整備中なので、とりあえず手伝ってもらって、金曜日には、言語学の入門クラス、土曜日には、天井が完成し、家内とジャクリン姉は、ベッドのある、スポンジのある部屋に移った。エリー兄と私は、屋根裏に、蚊帳を吊って寝た。土曜日は、日本対オランダの試合を観戦に町まで出かけた。ジャクリン姉は、オランダを応援して、私と家内は日本を応援し、エリー兄は、中立だということだった。イラルトゥの人々も住んでいる地区なので、一緒に応援したり、挨拶したり、息抜きになった。

日曜日は、イラルトゥの人々が住んでいるアルグニ湾の行政区長さんが、その職を降りて町に住んでいたので、4人で彼の教会に行った。何と彼が車を友達から借りてきてくれて、私が運転して教会に行ったり帰ったりした。牧師先生が前から私のことを知っていたけれどはじめてお会いしてとても喜んでくださった。礼拝後挨拶をするチャンスをくださいました。

午後は、帰ってくるのが1時半過ぎだったので食事をして、ちょっと昼寝。私は、夕方遠浅の海へ小さな磯ガニを採りにでかけたが、道具が悪く4匹しか取れなかった。それを揚げて食べた。岸にはわかめも打ち上げられてきていて拾ったがまだ料理はしていない。

学生たちとは、夜礼拝の印象、みことばについて話し合った。色々な意見がでたけれど、主のみことばを受け止めてこの週を歩むことにした。学生たちが来た日に、北東数百キロのところで、地震が起きた。ウィクリフの土井さんからお電話をいただいた。ここにはテレビもなく、新聞もなく、情報がまったくないので様子がわからないけれど、毎日祈っている。

カイマナに来て5日

カイマナに着いて5日が過ぎた。短期訪問の時は、いつも質素なホテルに泊まっていた。今回は、10年ぶりの長期滞在、2000年に建てた「事務所」に空港から直行した。電気も水道もないところなので、ここは町なのに、まったく町の様子がない。ヨハン兄と一緒に家の改善をした。二部屋だけだが、天井を張り、電気の配線を完成させ、発電機を修理してもらって、生活できるようになった。それでも、電気はたったの4時間。ガソリンとオイルを4時間使うと250円になってしまう。いずれ、トラックのバッテリを購入して一日中電気が使えるようにしたい。

昨日は、7時過ぎに寝てしまった。日本だったら考えられない。でも、一日中力仕事で体がくたくた。ワールドカップの日本の試合も知らなかった。真夜中に大雨が降ったので、起きて水汲み。いつか、トイレにタイルを張って、大きな水槽に早く水が溜まる日を夢見ている。それでも井戸があって水を汲みにいけるので感謝だ。

今日は、近くでパーティ?が行われているのか、音楽ががんがん鳴り響いていて眠れない。ブログをやることにした。今はもうすぐ夜中の12時。もうこれでやめよう。ノートブックコンピュータもバッテリ21%しかない。果たして載るかな。

カイマナ第二のチャレンジ  6月14日(月)

蚊の洗礼を受ける。ヨハン兄は、私たちが来る前に、色々と準備をしてくれていた。ベッドを注文し、窓には網を張っていてくれた。ところが、この地域は、蚊が多くまだまだ隙間が多いこの家に容赦なく入ってくる。家内は蚊帳を買いに市場に出かけた。蚊帳の端に腕などが来ないように寝るのだが、朝起きてみると、血を吸って丸々太った蚊が何匹か壁で休んでいる。殺すと手に血がべっとりとつく。

蟻の洗礼を受ける。カイマナは、今魚が豊富で、アジも一匹10円位で手に入る日も多い。昨日は、ヨハン兄の奥さんが、かつおの一種の魚を煮てくれた。お昼に食事をして、夜残りを食べるという生活をしているのだが、昨日は、蟻の大群にやられた。夕方食事をしようと家内がテーブルの上を準備していると、何と煮魚のスープの中に何百という蟻が入って死んでいた。毎回食べきる方法でないとだめかも知れない。

ついに、電気が入った。壊れていたジェネレータ(だれかがガソリンにオイルを入れないでつけたらしい)を友人のヨシに直してもらった。ところが、電圧調整ができていなくて、300Vになっているのを知らなくて前の日に電気を入れたら、電球が4本全部だめになった。礼拝後、ヨハンの子供たちと一緒に修理をした。夕方やっと220V位まで下がったので、電球を買いに町に出かけた。帰ってきて、電気を付け、ジェネレータを入れると、電気がついた。裸電球の方が、電圧が変化するジェネレータにあっていると言われていたので買ったのだが、とにかく薄暗い。でも、夜の9時まで電気がある生活が始まる。コンピュータもバッテリチャージができて、メールやブログができるようになった。感謝。

2010年6月10日カイマナへ無事ついたよ。


朝団体の飛行機で無事カイマナに着いた。

syd marius yohan michiko


一日目のチャレンジ

電気がない。電柱はもう建てられているのに、電気会社が電気をつないでくれない。夜は、ろうそくの光でシャワーを浴び、食事を取った。荷物の中から何かを見つけ出すのが大変。このカイマナの町でも、空港に近いこのバンテミ地区は、夜は真っ暗だ。いつもお世話になっている中国人のお店の奥さんが、電気がなくてどうするのと心配していたのが面白い。もちろんヨハン兄たちはあたりまえなのだ。使っていたジェネレータも壊れたとか。

candle


ベッドのマットがない。散々午後から夜まで街を探し回った。家内が気に入ったサイズのものがない。結局今晩は、板の上に寝ることになった。でも、ベッドをヨハン兄が先に注文してくれていたのでセメントの床に寝るよりはずっとましだ。

ここは、町だが、グシマワ村の生活とあまり変わらない。センタニの町では英語を使わないといけない人たちがいたが、このカイマナではインドネシア語かイラルトゥ語ですむ。感謝だ。


TITIPの歴史書完成、卒業式終了、そしてカイマナへ

ご無沙汰してしまいました。皆さんもしばらく私のブログにアクセスするのをやめてしまわれたでしょう。すみませんでした。

5月27日の夜中の12時に、印刷屋さんが、オヤン先生の家に「TITIPの歴史」を届けてくれました。文字文化のなかったこの島で、歴史を紐解くのは並大抵のことではありませんでした。学生3人と、教師一人、それに私でがんばりました。

5月29日は、卒業式。18人の学生の代表二人が英語でスピーチしました。彼らがイエス様とともにしっかり歩んでこれからの人生を歩んでほしいと思います。

6月10日(木) 待ちに待ったカイマナの町に出発します。団体の飛行機が、ずっと修理中でしたので心配しましたが、8日(火)に修理が終わり、明日には無事出発できそうです。TITIPの学生で翻訳に興味を持っている二人の学生が17日に来て、2週間の実地訓練を受けます。私たちは、その後マタイの翻訳に集中します。マリウス兄もカイマナに戻って一緒に働いてくれそうですので感謝です。

今は、携帯電話回線を使ってブログを書いています。恐らく写真は重すぎで載せられませんので、しばらくは、文字だけになります。よろしく。

お元気で
プロフィール

松村隆(パスター・フィリップ)

Author:松村隆(パスター・フィリップ)
1952年生まれ。埼玉県浦和育ち。1984年から海外にて言語研究や翻訳の働きに従事。2000年に原因不明の病気で帰国。2001年に児玉福音自由教会の牧師に就任。2010年2月正式にNGOのコンサルタントの働きに復帰。2013年6月日本に帰国。61歳。

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