201105<<123456789101112131415161718192021222324252627282930>>201107

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ますます熱がこもって来る。理解が難しいこともあるけど

shugo dorm meeting 3

2011年6月26日礼拝後10人のイラルトゥの人たちが集まって、学生を受け入れる方法、パンフ、日程、経済的支えについて話し合った。

「とにかく始めよう。」すべてのことを用意周到に話し合って計画を立ててから、きちんとしたパンフを作ってから、学生を受け入れようという私の提案に対する答えは、これだ。

6月27日(今日だよ)~3日間のうちに、「学生受け入れチーム」が今年高校生になる人たちにコンタクトを取り、30日にテスト。そして、4日には、もう学生を寮に受け入れるという。まだトイレも完成していない。私の心配をよそに大丈夫始めればという声に促された。全くのカルチャーショックだ。でも、これがイラルトゥの人たちだと腹をくくって、私の知らない未踏の世界に裸になって飛び込む覚悟をした。

一つ大きな進展は、カイマナに居るイラルトゥの役人と教師と議員に呼びかけて、この働きについて説明し、そして協力をすることを皆で決議するという。7月2日土曜日5時だ。

話せば話すほど皆興奮してくる。彼らが情熱を持って、祈り、進めば必ずなる。そう感じた。あなたも祈ってください。


スポンサーサイト

寮の話し合い。2011年6月18日、19日

2011年6月18日、イラルトゥの寮立ち上げについての集会が開かれた。と言っても、時間の3時には誰もいなかった。3時40分になってこの会合の徴集メンバーの一人レオ牧師がやってきた。でも、招かれていた村長さんは、一人もこない。諦めて、ヨハン兄、レオ牧師と私の3人でお茶を飲み始めた。

3時40分にたった3人だった人たちが、何と、最終的には15人になり、熱心な討議がなされた。彼らは、学校の先生だったり、母親だったり、市の職員だったり、翻訳に加わった元村長のユスチヌス兄もいた。この人たちは、仕方が無く集まったのではなく、寮が本当に立ち上がり、イラルトゥの若い子供たちが立派に学力的にも、信仰の上でも、生活においても成長して欲しいと願っている人たちだった。

dorm meeting 1 #2dorm meeting 1 #2
dorm meeting 1

まず、3人で話している時に、レオ牧師が文句を言い始めた。なぜ、最初から私を翻訳チームに入れてくれなかった。翻訳委員会を作っていれば、もっとスムーズに翻訳が進んだのにという。私とヨハン兄は、イラルトゥの翻訳の歴史をたどり、多くの年月をパプアで過ごせなかった私にとってヨハン兄が唯一の命綱だったこと、これからでも遅くないということを話すと、彼は、「私を使ってくれ、私は寮生のために喜んで働きたい。翻訳のために私を使ってくれ」と言い出した。感謝だ。

その内人が集まって来た。人々は、口々に寮の必要を訴えた。イラルトゥのみことばを用いて寮生を育てることが強調されていた。最終的には、学生を選抜する委員を選出して最後に全員で手を繋いで賛美をし、祈って、3時間後にお開きになった。

2011年6月19日

礼拝後、午後2時半にアセル兄がやってきたが、その他、レオ牧師、セプテル兄、ヤヒヤ先生、アルノルド先生、ヨハン兄が集まったのが、4時ごろだった。そして、いつ学生を応募するか、試験はどうするか、パンフレットに何を書くのかなどが話し合われ、火曜日までにパンフレットの原稿を作ってきて、テストの原稿も作ってきて、今度は、経済について話し合うことになった。やあすごい。どんどんと具体的になっていく。

dorm meeting 2dorm meeting 22



写真

dance house

シルスの前でダンスを披露するイラルトゥの人たち

loincloth

普段は、着ない伝統的なふんどしで男は「着飾る」。

mayor

一緒にダンスを踊る市長さんと警察署長さん。


市長さんが突然私達を紹介した!

昨日、2011年6月14日、カイマナの町で特別な行事が行われた。イラルトゥ族の伝統的な建物「シルス」が町の大通りの脇に建てられ、一般公開のために市によって祝典が行われたのだ。多くの来賓、イラルトゥの人々、そして、一般の人たちが集まった。

会は、8時の予定だったが、市長さんが来られたのが、10時過ぎ、それからまた50分位待って、ナマトタの王さまがやってきた。翻訳に加わったことのあるレオ牧師から、シルスの意味が、協力と話し合いを表していると強調され、人々の拍手を招いていた。

来賓の挨拶の第一番が、わがイラルトゥ族の代表、翻訳者のヨハン兄だった。原稿なしに、大きな声で語り、立派だった。彼は、市長さんたちに、ぜひ、子供たちの教育向上のために外部からでも人を呼んで欲しい、彼らのレベルを上げて欲しいと訴えた。来賓の挨拶の最後が市長さんだった。

市長さんは、ジャカルタの図書館に行って、カイマナから2冊の本が展示されているのを見つけたと語った。その一つがイラルトゥ語の本だった。そして、突然、私と家内と、イラルトゥ語に本を翻訳している人ですと紹介してくださった。このような外部の人たちの協力を得て、更に村人たちの教育の向上を図りたいと挨拶された。

食事の時に、私は、市長さんと一緒に席を共にしたのだが、「今松村さんがイラルトゥの人たちと一緒に作っている高校生の寮に非常に期待している。ぜひ、これを成功させて、若い人たちを全人格的に教育して欲しい。私は、松村さんと協力して、イラルトゥだけでなく、他の部族の人たちも同じように全人格的な教育がされるようにと発展させていきたい。」私は、「感謝です。私達の団体も、やがてイラルトゥだけでなく、カイマナ郡市の8つの部族に仕えていくことをビジョンとしています」とお答えしました。

今日を境に、イラルトゥの人々の全人格的な成長のために、新しい風が吹いてきたような気がした。喜ばしい日だ。
プロフィール

松村隆(パスター・フィリップ)

Author:松村隆(パスター・フィリップ)
1952年生まれ。埼玉県浦和育ち。1984年から海外にて言語研究や翻訳の働きに従事。2000年に原因不明の病気で帰国。2001年に児玉福音自由教会の牧師に就任。2010年2月正式にNGOのコンサルタントの働きに復帰。2013年6月日本に帰国。61歳。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
現在の時刻

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。