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寮のシャワー室・トイレが完成。8月1日入寮か。

日本では、到底考えることができない位ゆったりと構え始めました。4回テストが延長になり、でも、ついにテストが行われました。入寮も、もう何度か延長になっています。そんな中、ようやく、7月27日に寮のシャワー室・トイレ・洗い場が完成し、5月に始まった食堂・勉強部屋・礼拝堂とあわせて、第一回目の工事が終わり、学生達を受け入れる準備がほぼ整った。

昨日は、車のパンクで朝6時半から始めるウェルネル兄の運転講習ができなくなり、タイヤをスラバヤから買ってきていた新しいのに交換した。4時半ごろから始めていたマタイ伝の21-28章のタイピングミスを全部修正して、ボゴルに送ってから、シャワー室の水道工事に取り掛かった。夕方、タンクに溜まっていた雨水をバケツで、オフィスのトイレの水槽に何度も運び、それで私のその日のエネルギーは、全部使い切った。

Sus uf nene le adini rongge, mbrgin nene le adini. 「今日の大変さは、今日で十分です。」6:34

夕方6時過ぎ、マリウス兄にマタイ伝の表紙に使う写真をもらいに行った。そこで「学生受け入れティーム」が事実上働いていないこともちょっと話した。そして、ヨハン兄と私は、とにかく、シャワー室も完成したので、月曜日には学生を受け入れたいということも彼に話した。実現して欲しいものだ。


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入寮が8月17日以降にずれこむか?

そして、その日は、やって来て、通り過ぎていった。だれも動かない。
ということは、みんなストレスなのか。この国では、負いきれないとなすがままに、時の流れるままに任せて何もしない。きっと、そこに茶々を入れるのは、外国人だけかも知れない。7月21日、親と子が集まる懇談日、23日、入寮日。その両日何も起こらず、何もなされず過ぎ去った。

「ムーン」と考えてしまう。23日、午後手紙を学生達、親たちに出す係りのマリウス兄の事務所へ行ってみた。彼は忙しそうに、コンピュータに向かっていた。私の顔を見るなり、急いで外に出てきて、申し訳ないと繰り返した。「すみません。この独立記念日の仕事で手が離せず、自分でもどうしたら言いか分からず、松村さんに電話もかけるのも気まずくて・・・」最後は涙を流した。今年は、最初の年で色々なことが起こるから、心配するなと励ました。互いに、彼が仕事をしていないとか批判するのは簡単だ。でも、リーダーになるということは、フォローアップが大切だ。彼のところに行ってよかった。でも、バイクがパンクした。しかも、修理不可能。先週タイヤを交換したばかりなのに。今度は、私が「涙した。」

自分でもどうしたら進んでいくのか、この文化でまた疑問を感じてしまう。自分が何でもやれば進んでいくのだが、私はいつまでもここに住んでいるわけではない。リーダーを育てなければ。

8月17日の独立記念日以降に学生を受け入れようという話しがある。まあいいかという思いと、やれることは今でも一杯あるのにという思いとが交錯して混乱する。マタイ伝を完成させることに集中するか。今は…。


学生たちの選抜終わる

2011年7月19日、テストの次の日、役人のセプテル兄、マリウス兄、ヨハン兄、家内と私で昨日の結果を評価して学生を選抜する会議を持った。セプテル兄と、マリウス兄は、上司の許可をもらって朝9時からやってきた。

screening


セプテル兄の祈りを持ってはじめ、昨日のテストの結果について家内と私そして、インタビューしたヨハン兄から報告があった。みな、学生たちが、自分たちの世代よりももっと良い教育を受けて欲しいと考えているが、同時に、村での教育に限界も感じている。「村からでなければ。」かと言って、若いときに彼らを村から切り離せば、教育は進むが、イラルトゥ語と文化は消えていく。ジレンマだ。

セプテル兄は、自分の経験を語った。「僕は、高校を卒業しなければ、そして次の大学に行かなければだめだというモチベーションが強かったので卒業できた。村から出てきたとき、正直勉強についていくのは大変だった。」

もし、今回テストを受けた学生たちが、上位の学生だとすれば、大変なことだ。先生たちは、学生達に、6とか7の評価をつけているが、ヨハン兄流にいえば、「先生は、学生を卒業できるように救っている。それが現状だ。実力ではない。」市長さんも、村々、カイマナの教育の現状に頭を抱えていた。どうしたら良いのか、それもこれから市長さんと話し合いながら、もし、私たちが貢献できることがあればお手伝いしたい、特に村々の教育を底上げに協力したい。

結局、だれも寮に入る実力がない。でも、初めての年だし、まず、学生たちに本当にやる気があるか昨日のインタビューでは分からなかったこともあり、全員を受け入れ、2ヶ月間様子を見て、もし、やる気がない学生がでたら、そこで残念だけど出て行っていただくという決議をした。今9人から一人を落とす実力の差はなかった。

最後にマリウス兄に祈ってもらった。長い間、町で育った彼が、一所懸命イラルトゥ語で祈っている姿に感動した。


9人の高校生が入寮テストを受ける!

2011年7月18日(月)6月末から4回も延期になったイラルトゥの高校生寮の入寮テストが遂に行われた。4時までに、7人来て、2人遅れた。でも、9人がやってきたことに感謝した。

テストは、算数、数学、英語、イラルトゥ語のインタビューが行われ、4時から真っ暗になる7時過ぎまで行われた。ようやく完成した寮のダイニング兼勉強部屋兼礼拝堂でテストが行われたが、まだテーブルも椅子もない。みんな床に座ってテストを受けた。

testing


学生たちは、イラルトゥ・グループの北部の6つの村から集まってきて、バランスが取れていて感謝だった。テストは、家内が用意した算数の簡単な問題から、分数、高校の先生が準備した図形など中学で習ってきたはずの問題まで及んだ。英語の問題は、私が用意したが、英語のインドネシア語訳、インドネシア語の英語訳、文法、そして、エッセー問題を出した。そして、最後に一人一人ヨハン兄と私で、イラルトゥ語によるインタビューを行った。

家内と、私は試験の結果を見て、唖然とした。英語は、ほとんどだめ、算数、数学も惨たんたるもので、小学校で習うべき分数もできなかった。ましてや中学の図形問題などは、できた学生が一人もいない。寮を高校生から始めることの難しさを思っていたが、これほど、村々での教育が遅れているのにちょっと現実を見せられて信仰が必要だと感じた。今日、学生選抜委員が集まっていよいよ学生の選択をする。

「神にとって不可能なことは一つもありません」のみことばに信仰によって応答する以外に、この学生たちが、インドネシアの諸大学に入ることは無理なような気がする。



AdamsonAndariasYanesLitoBartolomiusJonmerTeofilusHansFrans

左からアダムソン、アンダリアス、ヤネス、リト、バルトロミウス、ジョンメル、テオフィルス、ハンス、フランス










189,456 バイトの軽さ、重さ

2011年7月12日、前日、終えたイラルトゥ語のマタイのスペル・チェック。そのまま直ぐに送れるかと思いきや、やはり、最終プリントの形にして見ないと、フォーマットに使う記号がこれで良いのか良くわからないし、フォントなどもやはり選びたい。悪戦苦闘は、コンピュータのソフトを幾つか使うので、いつものことだ。

Matius small


そして、ようやくフォントを選んで、プリントしてみた。カバーは、A4の用紙の束を包んでいた紙が、ちょうど良かった。それにしても、今のテクノロジーは、すごい。自分で、コンピュータに入力し、自分で、フォーマットし、自分でプリントできてしまう。時々、昔の翻訳者が、タイピングのミスをおかさないように最新の注意を払いながら、印刷前の最後のタイプを、マニュアル・タイプライターでしたことを想像しながら、感謝する。

今日、最終的に聖書協会へ送ることができた。189Kバイト。送ってみて、そのファイルの小ささに驚いた。インターネットに繋がりにくいカイマナでも、比較的簡単にメールで送ることができた。今の時代、デジタルカメラで撮る写真1枚が、2Mバイトを超えるのもある。この小さなファイルがここまで来るのに、かけた時間の長さ、関わった人々の存在を考えると重さを感じる。

matthew


この軽さが、人々にとって重さになって欲しいと、何度も、ページをめくる。

アチャー! まだミスがあるよ。


プロフィール

松村隆(パスター・フィリップ)

Author:松村隆(パスター・フィリップ)
1952年生まれ。埼玉県浦和育ち。1984年から海外にて言語研究や翻訳の働きに従事。2000年に原因不明の病気で帰国。2001年に児玉福音自由教会の牧師に就任。2010年2月正式にNGOのコンサルタントの働きに復帰。2013年6月日本に帰国。61歳。

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