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雨降って地固まる

先週の金曜日の夕方から始まったイラルトゥ語・クリ族の高校生のための寮は、閉まる危機を迎えた。でも、私が一人で決定することはできないので、ヨハンが帰ってくる木曜日(昨日)まで待つという判断が、聖霊の導きの中で与えられたのだと思う。月曜日は、学校を不登校したというアダム、木曜日も早く学校を抜け出して町をぶらぶらしていたのを見つけてしまった。

でも、ヨハン兄が帰ってきて、新しい道が開かれた。昨日の夜、アダムの里親とアダムの問題を話してくれたヨハン兄は、今晩里親たちと私たちで話し合うという。願わくは、アダムが本当に心から悔い改めて、新しい一歩を踏み出して欲しい。寮が空っぽなのももったいないので、2年生で、まじめにタバコもすわず、酒も飲まず、がんばっている学生が二人居る、それにきっと入寮費の2500円が払えなくって入らなかった1年生も居るので、彼らにアプローチしてみようという提案が、ヨハンからなされ、感謝した。

私は、運営資金がゼロのこの寮が、自立していくために今着々と準備を進めている。今まで3回海に出た漁を学生たちが寮にでるのは、休みの時だけ。他は、日当で働いてくれるプロにカヌー、船外機、網を預けて、寮の食費や、ガソリン代を稼ぎ出し、やがては、学生達の将来の奨学金にできればと願っている。

正に雨降って地固まるだろうか。まだ最後まで見ていないけれど。もしかしたら、2年生を世に送り出してから、日本に帰国する恵みに預かれるかもしれない。


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涙の祈り

マタイ伝を読み直していた火曜日の朝(2011年10月25日)私の心は複雑だった。週末アダムが見せた自己中心的な姿と、「寮を出て行ってから、外に出なさい」と言ったことが頭の中を交錯していた。今朝は、アダムに印籠を渡そうと思っていたのだが、どうやら御霊が留めたようだ。ヨハン兄が帰ってくる木曜日まで待とう。アダムは、人が代わったように協力的になっている。

「おはようございます。」ドアの外で声がした。その声から直ぐ誰だか分からなかったが、見るとコリヌス兄だ。モヤナ教会の長老をしている。椅子に座って話を聞くと、会堂建設のために献金をして欲しいということだった。募金者の名簿を見ていて、一番高く献金している人の額よりもちょっと上乗せして献金した。

korinus
2010年7月マタイ伝の翻訳に参加した右から2番目のコリヌス兄

私は、導かれて、「教会の外側は建てるのは良いけれど、中身は今のままか」と問いただしました。「分からないインドネシア語を使って儀式のような礼拝をして。マルコを呼んで聞かせた老婦人がイエス様が、『主よ。主よ。どうしてお見捨てになったのですか。』ということばをイラルトゥ語で聞いたときに、彼女は涙を流したそうだよ。インドネシア語では、頭に入っても、心まで来ない。でも、自分のことばだと、心まで届くんだ。」と話すと、

彼は言いました。「僕のバージョンも聞いてください。ある時、長老として礼拝でイラルトゥ語で説教したんです。イラルトゥ語のルカ伝を使って。そして、イエス様が十字架でなさった罪の身代わりのことを語ったんです。そうしたら、一人の夫人が説教中泣き出したので、礼拝後彼女にどうして泣いたのか聞いたのです。すると、彼女いわく、『私たちはみんな罪人だ。自分で犯している。それなのに、自分の罪をどうして他の人が身代わりになって罰を受けてくれるのか。不思議だし、恐ろしくなったので泣いたんです。』

私は、コリヌス兄に、言いました。「それこそが、イエス様のなさった福音なのです。教会はみことばに根ざしてこの福音を語らなければ教会ではない。今ある教会は、規則、規則、牧師はビジネスのような考え。そんな教会を君も建てるのか。イエス様がなさったすばらしい救いの業を語り続けてください。また、翻訳のプロジェクトにも加わってください。」

二人ともイエス様の恵みの十字架のことを覚え、涙ぐんでいた。そして、彼のために彼の教会のために祈った。彼は、「翻訳に必要なときは、ぜひ、呼んでください。やってきますから。」そう言うと、涙を拭きながら戻っていった。もしかしたら、主が新しいことをイラルトゥの教会になそうとしておられるのかも知れない。そう希望が沸く瞬間だった。


「私のところに持ってきなさい。」 Jesus says

2週間前、いつも行っている福音派の教会で、説教するように頼まれた。翻訳をしながら、寮生を導きながらなので、早速日曜日にメッセージの準備をした。というよりは、マタイ14章が頭の中に浮かんできて、あっという間にアウトラインができてしまった。そして、金曜日には、説教ができていた。(私にとっては奇跡的!)

5000人の男性、恐らく子供や女性を入れると、20000人位になったと私は予想している。ヨハネ6章を見ると、イエス様がアンデレを試して、「おい。アンデレ。どうやってこの人達に食べ物を上げようか。」とチャレンジした。「そんなの無理です。」アンデレ同様、他の弟子達もみな悲観的な見方しかできない。イエス様がご自分のなさることを知っていたなお弟子達を試した。

実際、私達の日々の回りに起こっていることは、自分の頭で考えると悲観的な捕らえ方しかできないことも多い。この世で成功している人は、物事に動じない芯の強い人のような気がする。でも、この悲観的な弟子達にイエス様が期待しているというのは、私は聖書の大きな慰めだと思う。教会の中にも、強い人が居る。クリスチャンの中にも、何事にも動じない人が居る。でも、だれも、限界があり、イエス様のチャレンジの前では、悲観的にならざるを得ない。そこで、イエス様は、私ができないことを認め、主のところに持っているものを差し出し、委ね、主の大きな働きに期待するように、導こうとしておられる。

「私のところに持ってきなさい。」と題して説教したのだが、今、思うのは、イエス様がこのメッセージを私にずっと語り続けていたということだ。寮を何とか立ち上げなければ、学生が減ったこと、サポートするという口ばかりのイラルトゥの役人たちのこと、寮生と私達の文化の違いなどなどなどが、心に重荷となっていた。正に、不可能に思える主の働きを、自分でがんばってやろうとしてきたことに、不可能が、本当に不可能になったと言える。ここまで来たのは正に主の恵みでしかない。二人の学生を残しておいてくれた。

この二人アダムとリトの関係の雲意気が怪しくなった15日、翌日朝起きて、箴言を読んで祈った。正に、「己の知恵に頼るな。すべての道で主を認めよ。」彼らを祈りの中で、主にお渡しし、そして、朝お金を上げてタクシー代、昼食代とした。その日は、一日顔も見たくないと思った。ところが、夕方、彼らがヨハン兄の子供たちと「キャッキャッ」笑っているのを見て、驚き、主に感謝した。主のなさることは、私がしようとすることに比べたら数倍も大きい。比べることができない。これからも、自分の限界で不可能な業をしていくのではなく、主のところに祈りを持って近づき、不可能なことが可能になる業に参画させてもらおうと思っている。


GKII

2010年実地訓練のTITIPの学生と共に行ったときのGKII教会のマックス牧師ご夫妻と





仕えることで、人々の信頼を得る

やはり、どこかが間違っていたのかな。寮を始めるということは、まず、人間関係を築くということだったんだなあと今になって思う。家内が、日本に帰って、それまでしていなかった学生のお昼のおかずだけ作るようになった。2時前や2時半に帰ってきて、それからごはん以外のものを料理すると3時過ぎになってしまう。私も、自分の分を作るだけよりも、一緒に料理した方が、お互い助かる。魚をさばくのも大分うまくなってきた。今日は、ちょっと古い魚をソースをつけて直火焼きにした。

こうして、3週間、最初は、食事の時に会話がなかったのに、会話ができるようになった。学生の方から、こうしよう、ああしよう。今日は草を刈ろうなどと提案が出てきた。今日は、昼食後すでに3時半過ぎていたが、まず、庭の草刈、洗車、それから、待望の「牛の糞集め」に出かけてきた。

魚は、漁に出るようになってから、買わなくても食べられるようになった。ところが、野菜はそうはいかない。野菜を空いている隣の家の土地に植えることにして、まず、草ぼうぼうの庭の草刈をし、乾かし、焼いて、これから、野菜の苗をもらって植えるのだが、友人の農業の背景のあるアメリカ人に聞いたら、牛の糞は、野菜の苗を植える前に、ただ苗床の下に埋めればそれでいいというので、道路の汚れの問題になっている牛の糞を集めてきた。大きなタライに2個あっというまに一杯になった。


taisapicabe2

すでに、数日前にバケツ一杯集めて、唐辛子の苗の下に埋めてある。果たしてどうなるか。
楽しみ。学生達は、いやだあとか全く言わない。楽しく笑いながら集める。でも、生涯のうちで、牛の糞を集めたのは今回が初めてではないだろうか。自分の畑のためなら何でもする。あるものは何でも使う。ただだから。そのようなコンセプトが体の中に染み付いてくれればと考えている。

これから勉強を見てくれと頼まれた。
楽しくなってきたなあ。

パプアの高校生は遅れている?

日本でも、パプア人のイメージというと裸族だ。ペニスケースと草のスカートで槍を持って走ったり、踊ったりする姿を想像する。ところが、今、この裸族の人達に大きな変化が起こっている。彼らがパプアの中で、先を走るようになっているからだ。最近カイマナで落ちた飛行機の副操縦士は、山地部族の出身だ。カイマナの人達が良く言うのに、「山の部族ができるのに、なぜわれらができないことはない。」

ところが、私は、カイマナの人達が、山地の人達を追い越すのは非常に難しいと思っている。なぜか。モーティベーションが違う。カイマナの若者は果たして前進できるだろうか。

入寮した7人の中で残った二人に聞いてみた。「他の学生は、辞めちゃったけれど、君たちは寮生活は大変か。」すると、全然大変ではないという答えが返ってきた。おととい、夜一緒に「ウノ」のゲームをやっていると、アダムは全部英語で数字を数えている。そして、君の番というのは英語で何と言うと聞くので、「YOU PLAY」と教えた。すると、早速ゲームで使い始めた。「松村おじさん。できたら、明日から挨拶は全部英語でやるようにお願いできますか。」

もう一人のリトは、私が言ったことを実行している。寮に入って一番率先して物事をする学生だったが、「時間は、盗め。」という教えを実行して何でもやる。

Lito


魚とりの網を調えるやり方、畑の作り方、料理の仕方みんな知っている。私は、考えた。「彼らは遅れているのか。」日本の高校生はここまでできない。ただ、教育が遅れているだけだ。モーティベーションこそすべてだ。

ikan bakarikan dibakar



日曜日に一緒に焼き魚を作った。おいしかった。先週彼らが自分で取ってきた魚だ。私は、彼らを誇りに思う。






プロフィール

松村隆(パスター・フィリップ)

Author:松村隆(パスター・フィリップ)
1952年生まれ。埼玉県浦和育ち。1984年から海外にて言語研究や翻訳の働きに従事。2000年に原因不明の病気で帰国。2001年に児玉福音自由教会の牧師に就任。2010年2月正式にNGOのコンサルタントの働きに復帰。2013年6月日本に帰国。61歳。

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