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アダムとリトがイエスを告白した

25日土曜日は、私にとって大きな喜びの日となりました。ずっと問題ばかり起こしていて、土曜日に寮を出されるはずだった(実は、前の土曜日にヨハン兄が一度寮を出るように言い渡したそうです)アダム兄と、ずっとアダムの迷走に付き合ってきたリトが、朝の礼拝でイエスを主と告白しました。

実は、前の日に、ヨハネの3章のニコデモの記事を翻訳していましたが、聖霊が、私を励まして、いつものルカ伝を辞めてここから語るように導いてくれました。新しく生まれるってどういう意味か。答えは、分からない。今日君たちが死んだら神の国に行けるのか。分からない。どうやったら神の国に行けるの。リトは答えました。「人のものを盗まない。人を殺さない。」「リト、君は人のものを盗んだことがあるか。」「ある。」「アダム、君は人を殺したことがあるか。」「ない。」「じゃあ。だれかに馬鹿と言ったことは。」「ある。」「イエス様は、それは人を殺したのとおんなじだと言っているんだよ。僕たちは、自分の力では罪を消すことができない。イエス様だけだ。」

誰でもキリストを主と告白し、イエスが十字架の上で罪を背負い、死に、蘇えってくださったと信じるならその人は、神の救いに預かる、すなわち、新しく生まれる、そして、神の国の一員になるとローマ書10章9節から話して、彼らに自分で自分を救えない生き方を続けるか、それとも、イエスを信じてこの方についていくか聞きました。

「アダム、君はイエスを主と告白するか。」「はい。告白します。」「リト、君は、イエスを君の主と告白するか。」「はい、告白します。」彼らのために祈り学校に送り出した。

アダムは、自分の罪、悪さを認めて、リトにも謝罪した。リトも、彼を赦した。二人は握手した。そこで、私は、アダムに君は寮に住み続けても良いよ。でも、君は、イエス様の前で新しく生まれる決断をしたんだから、もう今までのような生き方は辞めなさいと言って彼を励ました。

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畑を始めました。

寮の土地のお隣さんは、街に住んでいます。警察官で、奥さんには、独身時代からすでに亡くなられたご両親ともどもお世話になりました。2000平米位の敷地にココナッツが何本か植わっているだけで、後は草ぼうぼう。魚は漁で手に入れるようになりましたが、相変わらず野菜は買わなければなりません。そこで、お隣さんに頼んで使っていないので、畑を作ってもいいかと打診したら、喜んで使ってくださいと言われ本当に感謝しました。

私の目標の一つは、この寮が経済的に自立するということです。学生たちが隣の草を焼いてから、しばらく経ちましたが、リト君が私がセンタニに行っている間にゲディという料理するとぬるぬるする(モロヘイヤのような)野菜を植えていてくれました。

gedigedi grown

植えたばかりのゲディとすでに葉っぱが茂ってきたゲディ


やあ、パプアの農業って楽。買ってきたゲディの葉を食べた後の太い茎をただ、土に差し込んでおけばそれで葉っぱが出てきてしまうんです。カンクンも植わっていました。この野菜も、食べるには太すぎる茎を地面に差し込んで置くだけ。雨水タンクの下に自然に生えていた2本のトマトの苗も、お隣に移植して起きましたが、どんどんと大きくなっています。トマトの実も三つ四つ見えます。

kankun
tomato



そこで、励まされて私も畑に出るようになりました。翻訳が終わった夕方5時過ぎ、今の季節まだ太陽が照って熱いんだけれど、これがまたいいんです。汗びっしょりかいて、後ですっきり。水シャワーがぬるくさえ感じます。

もちろん、肥やしは牛糞。草の根っこを土から出した後、やわらかくなった土に混ぜます。農業専門の友人に教えてもらいました。カイマナの牛糞は、道路にも、空港にもベチャーッてなっていて、正に公害です。公害を少し減らしながら豊かな収穫を期待しています。

それにしても、今回本当に生まれて初めて農業をしましたが、神様が作られた自然に触れながら、収穫を期待しつつ耕す仕事は、心の洗濯になります。


亡くなったパイロットのウェストランドさんの家に泊めていただく

家内がまだ日本にいるとき、ウェストランドさんの奥さん、ラバン姉から電子メールが入った。「美知子はいつ帰ってくるの。純と隆は、いつ町に来るの。我が家に泊まってくれてもいいのよ。」ポールが天に召されてから1ヶ月経っていないのに。日本の文化では考えられないけれど、彼女の方から言ってきたので、あえて3人で泊めていただくことにした。

私は、カイマナで直前に痛めた腰が、バイクに乗るたびに、また、ベッドから起き上がる度に痛んで余り純をあちこちに連れて行ってあげられなくて残念だった。それでも、モールに行ったり、友人の教会の礼拝にジャヤプラまで行ったりした。

choi

guest



ラバンさんは、ポールが召されてからそれまで呼んでいたシングルの男性達を呼んで誕生日パーティーをしたり、アジア地区のお偉いさんたちを招いて夕食会をしたり、僕らが居たおかげで家の中がしばらくにぎやかになったようだ。息子さんのマークからお父さんの写真をもらったり、マッキントッシュ(家族全員がマック)のコンピュータの話をしたり、最近カイマナで起きたモヤナ村の長老の話をしたり、心が通じる交わりをすることができて感謝だった。

彼と二人だけで、コンピュータの前で話をしていたとき、「隆さん。父の葬儀の時には、わざわざカイマナから飛んできてくださって本当にありがとう。私の母と私にとって非常に大きな励ましになりました」と高校2年生にしては、しっかりとしたことばを私にかけてくれた。

westlund and us


ラバンさんが、ある日言いました。「ポールが召される日の朝、私は背中に大きな傷ができていて、ベッドで聖書を読んでいたんだけど、3箇所読んでその最後がイザヤ書55章8節、9節でした。...天が地よりも高いように、私の道は、あなたがたの道よりも高く、私の思いは、あなたがたの思いよりも高い。」

神さまが、ラバンの心に働いてみことばを持って励ましてくださったと語っていました。ちなみにその傷は、ポールが召され、葬儀をする内にすっかり消えてしまったということでした。

jun depart


純は、11月16日(水)、ジャカルタ、クアラルンプルを経て日本に帰りました。彼が来てくれて本当に良かった。カイマナに甚平サメが居ると聞いてゆり子も来たいとか。楽しみ。




海に出る

友人のヨシさんが純と私を海に連れて行ってくれた。

島に寄ってフルーツ・バット(大こうもり=果物こうもり)を空気銃で撃ちに行ったが、一匹も取れなかった。それにしても、何千と飛び交う大こうもりとその泣き声に圧倒された。

bat


魚を釣りに行ったが、これまた一匹も釣れず。ヨシさんは、さすが漁師。2匹釣り上げた。

fishing


私は夕食は生の食パンで済まそうと思っていたが、純が鳥の照り焼きの料理をしてくれた。おいしかったです。

cookingteriyaki




モヤナ教会の起工式

2011年11月1日(火)

mayor marching in
(モヤナに到着した市長さんを迎えるイラルトゥの人達)

mayor letakan batu
(市長さん、「最初の石」を置く)

Yohan letakan batu
(ヨハン兄、「最初の石」を置く)

Gusimawa
(懐かしいグシマワ村を通りすぎる)



10年ぶりのトゥガルニ地域への旅

2011年10月31日(月)、前日、準備の最後のガソリン30リットルを手に入れることができ、朝4:15に起きて、潮が海岸まで満ちているのを見計らって、車に乗せて置いた荷物を購入したばかりのカヌーのところまで運んだ。ヨハンと二人だ。船外機をカヌーに取り付け、荷物を全部カヌーに載せ、ヨハン兄は、バンテミまでカヌーで行き、私は、車で戻った。
 出発の仕度をし、学生達を学校に運んで帰ってくると、ヨハン兄が、「今出発すると長い間潮に逆らって行くので時間がかかるから、もう少し待とう。カヌーは、沖に出しておくから。」と言うので、そうすることにした。
 ところが、朝の9時ごろ、「カヌーが海底に乗っかって動けなくなった。」というヨハンの子供の声がした。海に走っていったが、もうだめだった。ヨハンのケアレスさが頭に来たが、奥さんが結構こっぴどくしかったようだ。でも、私は、頭を冷やすために、部屋に行って本を読んでいると、心の中に一つの思いが与えられた。「きっと、神さまは、他のご計画があるかもしれない。」そこで思い立ったのが、昨晩まで終わらなかった修理中の25馬力の船外機だ。急いで直してくれる友人のヨシさんのところへ行き、頼むと、「そうだなあ。満ち潮になってカヌーが使えるようになるのは、早くても2時だから、間に合うよ。」という。

Yos


 必要な道具を買ってきたりして、私も手伝って何とか使えるようになった。車で持ってきて、後はスタンバイ。3時ごろ、ヨハンの声がした。「出発しよう。」

takashi on the canoe


それで、直したばかりの25馬力とヨハンの15馬力2台を載せて出発した。ヨハンの奥さん、子供のマルセルス、チャルレス、孫のテミーも一緒だ。最初は、15馬力で進んだが、途中で回転があがらなくなり、また、異音もしてきた。途中の村で、15馬力を降ろし、25馬力に換え、順調に進んだ。3時半に出発したが、モーターの調子が良くないので、途中の渦潮を越えたあたりで、暗くなり、しかも、大雨が降ってきた。真っ暗な中を雨に打たれながら、カヌーは進んだが、突然25馬力が大きな音を立て、高回転になり、カヌーが高速で進んでしまい、ヨハンは、燃料パイプを引っこ抜いてエンジンを止めた。雨、闇の中、何とか岸にたどり着き、15馬力に再び交換した。本当は、途中の村に立ち寄る予定だったが、15馬力が、また調子よく動くようになったので、そのまま目的地まで進むことにした。

ganti motor


 雨は、1時間で止んだが、闇の中を行くのは大変だ。懐中電灯も、バッテリーが切れた。

canoe on the dark ocean


でも、雷の光が山の稜線をくっきり見せてくれ、前に進むことができた。出発から、7時間余り、夜の10時半過ぎに、モヤナ村に着いた。感謝だ。25馬力がなかったらどうなっていただろう。ヨハン兄は、最初の石を置くセレモニーに欠かせない大切な人なので、無事到着できて本当に感謝だった。


プロフィール

松村隆(パスター・フィリップ)

Author:松村隆(パスター・フィリップ)
1952年生まれ。埼玉県浦和育ち。1984年から海外にて言語研究や翻訳の働きに従事。2000年に原因不明の病気で帰国。2001年に児玉福音自由教会の牧師に就任。2010年2月正式にNGOのコンサルタントの働きに復帰。2013年6月日本に帰国。61歳。

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