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老人は夢を見る

60歳になる数日前に腰を痛め、老人になったことを感じた。60歳は、かつて私の父親時代の55歳退職制度からすでに5年経っている。でも、使徒の働きの2章17節では、「若者は、幻を見るが、老人は夢を見る」と書いてある。それがキリストに生かされた者の姿だ。カレブも、老人になったときに、まだ占領すべき地が沢山あると主から言われた。(ヨシュア13:1)歳を取って体に問題が起きても、夢を見るという積極的な人生が残されている。世では、老人は、過去を見るという生き方しか残されていない。

28日、ジーソンさんとヒェージンさんにやっと食事に呼んでいただけた。実は、前の週に呼んでいただいていたのだが、腰がだめで到底外出できるような状態ではなかったのだ。

lee couple


私たちの夢は、今までは夢だった。でも、今は、夢についてもっと具体的に祈る祈りへと変えられている。「主よ。だれか、私たちの後カイマナでパプア人のために仕える人をお与えください。できたら韓国人を。」という夢の祈りから、「主よ。ジーソンさんとヒェージンさんをぜひ、カイマナのクリ族のために遣わしてください。」という具体的な祈りになっている。一緒に食事して分かったのだが、ジーソンさんは、私たちの子供たちのちょっと上の世代だ。正にバトンタッチ。

もし、彼らの団体が、部族調査をオーケーすれば、私は、イラルトゥの友人と一緒にジーソンさんに同行する予定だ。「カイマナに帰ったら、まず、体を鍛えなければ」と心にわくわくする感情を理性で抑えながらカイマナに戻る日を待っている。修理が必要なPC12は、今週まだ飛べないので出発は延期。きっと、来週のいつか帰る。


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行く人来る人

25日、オヤン牧師から朝SMSが入った。「今、リオがアメリカに出発するので空港に来ています。」私は急いでシャワーを浴びて、家内と10分で着く空港に出かけた。空港のチケットカウンタからオヤン牧師に電話すると、リオたちが2階のコーヒーショップに居ることが分かり、急いで行くと、ライオン航空の搭乗のアナウンスがあった。話しもできずにただハグをして彼を見送った。彼は、すでにパイロットの免許を取り、ジャングル・パイロットになる訓練を受けている。

Seseray Familyrio-tak

リオの写真すら撮る間もなく出発

すると、1昨年私が一人でカイマナで奉仕していたときに、TITIPの教師をしていて、家内と一緒に泊まっていたノバが現れた。彼女はスラバヤに長いこと居たが、ぜひ、パプアに戻って来て、カイマナで英語を教えて欲しいと頼んでいた。彼女は、家内と非常に仲がよく、親子のようだ。再開を喜んだ。

Nova

家内とノバ

26日、ボロブドゥール・モールで家内が買い物をしているのを待っていると、懐かしい顔が見えた。かつて、ゆり子がまだ5年生のとき、センタニの寮に入っていたのだが、その寮長さんご夫妻だった。いつもは、シリウォという山の中で働いているのだが、ちょうど町に出てきた。互いに再開を喜んだ。

Buzz & Myrna

かつての寮長、バズとマーナ

カイマナに居るとこのような出会いはほとんどない。腰も少しずつ良くなっているようだが、腰痛の先輩たちから色々メールをいただいて感謝だ。ビザもいただいた。後は、最後の詰めの会合などを行って3月2日にカイマナに戻る。


60歳の誕生日

2月19日(日)60歳の誕生日を迎えた。家内は知っていたが、私たちは、もうお互いに誕生日を特別に祝ってはいない。相変わらず腰が痛く立つのもままならないので誕生日どころではない。日曜日の夕方、トイレに行く途中、「ねえ。ラバン。今日が僕の誕生日なんだ。誰にも言わなかったけれど。」というと、「わあ。ごめんなさいね。あなたの誕生日と美知子さんの誕生日ちゃんとマークしておいたんだけど、見なかった。」今日が過ぎればそれで終わりだったと思っていたら、ラバンさんが、じゃあ明日ケーキを焼くという。それで、20日に誕生パーティ(4人)になった。

60th birthday


ちょうど、月曜日は、「パパロン・ピザ」がいつも大を注文すると、中をおまけにくれるサービス・デーで、ラバンと美知子で折半して注文した。電話一本で持ってきてくれる。このことをフェイスブックに載せたら、「パプアにデリバリー・サービスのピザがあるの」と驚いていた人が何人かいた。

candle


ラバンさんが焼いてくれたケーキは、おいしかった。実は、昨日家内がスープを作ったのだが、ラバンさんが作ったスコーン(ビスケットとも言う)は、最高。久しぶりに本場アメリカの味を味わった。

lavonne and mark


赤いちゃんちゃんこは、なかったので、マークの赤いT-シャツを借りて写真を撮った。腰が痛い誕生日は、忘れられない思い出になりそうだ。

腰砕け!またまた天使あらわれる

16日、カイマナから送られてきたいすゞパンサーのパーツのオーダーに直ぐに答えるべく、ジャヤプラにバイクで出かけた。二・三軒のお店を回って急いで帰ってきたが、バイクのクッションが非常に悪く、背中に圧迫を感じていた。

ところが、その夜夕食後、突然背中に痛みが走り、立つことも歩くこともできなくなり、うなりながらベッドの上に倒れた。17日の朝アメリカから帰ってくるラバンさんを迎えに行くはずなのに、朝になっても起き上がることもできず、急いで家内は、空港へ同じ時間に出発するお隣さんの車で空港へでかけた。

ところが、ラバンを載せた飛行機が1時間半以上遅れ、彼女を迎えに行くことを同意してくれたパイロットのジェレットさんが、家にやってきて、「やあ。僕もパイロットで重いものを運んだりするので時々背中を痛めるんだ」と良いながら、痛いのに、上に乗っかったり、後ろから抱きかかえてグーッと絞ったり、やってくれ、おかでトイレまで歩くことができた。彼は、水で困っていた時に、一昨年助けに来てくれた人で、同じ「天使」が二度やってきた。

Teri Massage

後ろに立っているのが友人のアナさんとエルサさん。足を抱えているのがテリー牧師

夕方、友人の紹介で、マッサージ師をお願いしたのだが、来た人は、牧師さんだった。「じゃあ。作業を始める前にお祈りしましょう」と言って祈り始めたときにはどうなるかと思った。その後、「これは中国の古い治療方法です」と言ったときには、納得したのだが、足の裏を鹿の角で文字通り刺し始めたときには、悲鳴を上げた。直ぐに、「これは、腎臓の問題です。腎臓のに流れる血が流れていないのでどうとかこうとか」それから、20分以上悲鳴をあげたが、そんなのお構いなしという感じで足の裏をごしごし。それからお湯を沸かし、火をおこし、足をお湯につけたり、火にかざしたりしながら太い指でごしごし。やがて痛みがなくなった。「もう歩けるか」といわれたときに、まだ無理というと、がっかりしていた。確かに、体は楽になったけれど、腰は、バイクに乗ったせいなので私の考えでは、筋肉のマッサージが必要。でも、今日は、大分良い。今週、60歳の誕生日。もっと、体力作りに時間を使わなければと考えさせられた。







TITIPの卒業生たち来る!

金曜日(17日)に家の持ち主のラバンさんがアメリカから帰ってくる。ビザも無事取得できたと聞いている。アンドリューが月曜日に村に行ってから、家内と二人だけになったが、TITIPの卒業生たち女性6人が食事にやってきた。ラバンさんの家から歩いて行けるところにアパートを借りている。家内が、準備した食事は、全部なくなった。彼らの日々の戦いは真剣だ。どうやって、学費を捻出するか、どうやって、アパート代を払い続けるか。TITIPで教えながら、グアムの遠距離大学でインターネットで学ぶ。まだ20代なかばから後半の彼女たちの生き方に感動した。同じパプアで学ぶミッション高校の学生たちが色々な特権が与えられているのを横目で見ながら、時には、自分たちの置かれている立場環境に不満を抱きながらも決して弱音をはかずに前を見て前進している。ダイエットが話題に上る普通の女の子たちだ。

TITIP Almuni


私は、正直自分が置かれている環境の恵みを感じた。でも、彼らもイエス様が愛してイエス様が導いている一人一人。主が彼らを見捨てるはずはないという思いを抱いてじっと彼らの話を聞いた。パプア人が、TOEFL500点を目指している。彼女たちの一人は、最高が、440点だと言った。カイマナでイラルトゥの学生に何とかして英語の底上げをと戦っている私と家内にとっては、彼らは、一体どこから来たのだろうかとさえ考えてしまう。とにかく、主が導かれることを信じて前進して欲しい。


Mr. Lee現る。アダム消える。

ヨハン兄から電話が入って、アダムが寮から荷物をまとめて出て行ったとの連絡でした。残念です。家内も、「どうして忍耐がないんだろうね。彼は勉強ができるからもったいないよ」ともらしていました。

マルコ伝の改訳を初めた日、突然携帯に番号だけが表示されて誰だがわからない人から電話が入った。「ムーン。まあいいか」と思って電話を取ると、英語でした。彼の名前はリーさん。韓国人です。ある宣教団体に属していて、私が翻訳をしているグループと言語学的にもつながりが深いクリについて聞きたいということだった。夕方やってきて、2時間ほど話したが、カイマナ地区には、奥地にも一つグループがあってそこに行くのが大変だと聞いているということも話した。翌日、私は、時間をかけて図書館にある資料を集めてきて、スキャナーとプリンターをフル活動させた。おかげで、私がかつて書いた音韻論や文法の小論文もコピーすることができた。また、カイマナ地域(恐竜の頭の地域)の地図もコピーした。彼は非常に喜んでいた。

Mr. Lee


彼と奥さんと火曜日にお昼を一緒にすることになっている。私たちが去る2013年以降誰かがカイマナに来て欲しいと願っているが、彼らもその一チームになるのだろうか。楽しみだ。

コンサートと誕生会・ダブルブッキング

11日夜この家の直ぐそばのパプア・トレーニング・センターの講堂で、TITIPの学生たちが自作したバイオリンやギターを披露したり、HISという国際校の幼稚園児たちの歌、パペット・ショーが行われ、講堂は人で一杯でした。その晩同じころ、主事のオヤンさんの家で、息子さんのリオの誕生会が開かれ、それにも招待されていましたが、リオももう27歳。この国の人にとって誕生会ってすごく大事なようだけれど、遅く行っても夜中までまだ話せるし、ダブルブッキングは、コンサートを第一としました。

violin concert


私たちの家で2週間言語学の訓練を受けたエクインもでるし、他の卒業生もでるのではずせませんでした。でも、自分の手でギターやバイオリンを作って、それを演奏する。全くすごいです。毎年ワークショップの指導に来られるラーソンさんご夫妻もすごいけれど、パプア人の手の器用さに驚いてしまいます。

rio-tak


夜10時過ぎに、1時間くらいかけてオヤン先生の牧師館について、誕生日おめでとうを言って、そして、ご馳走を少しもらって夜中までおしゃべりしました。今朝は、起き上がるのも大変で、礼拝2時間も結構辛かったです。午後食事をいただいて、また、お昼寝をして、ようやくセンタニまで戻ってきました。明日は、アンドリューが出発するので、朝5時に空港まで送ります。マラリアから回復したばかりでちょっとプッシュしすぎたかなと思ってます。

パプアの友人のコンピュータを修理-楽しみもつかの間

センタニに着いてから何人かの友人に会いに行ったが、奥さんのアナさんが、「簡単朗読聖書翻訳ティーム」で働いているのだが、ご主人のメテダさんのコンピュータの調子が悪くてマイクロソフト・オフィスが使えないということだった。この国では、ほとんどの人が正式なウィンドウズのOSを持っていない。持っていても、直ぐになくしたり、とにかくウィルス王国なので何度もオペレーティング・システム(OS)を入れ替えなければいけなくなる。見てもらえるかと頼まれたのだが、ウィンドウズ7とマイクロソフトオフィスのCDがあれば手伝ってあげるとその時はお答えしてその場を去った。

病気で仕事するには、頭が重すぎたが、コンピュータを直すのは、別の脳を使う(ごはんを沢山食べた後、デザートは別腹で食べるのと同じ原理)メテダさんに、「リナックスOSならインストールしてあげるよ」と携帯で連絡したら、早速持ってきた。(リナックスは、全部無料)

寮のコンピュータにリナックスはインストール済みなのでやり方が分かっていた。ウィンドウズのインストールよりもずっと楽だ。CDを入れ、インストールして、そして、ネットにつないでアップデートすればそれで済む。ところが、画面の絵を写真のように撮る「スクリーン・ショット」というソフトが自動的に立ち上がって、画面が止まってしまう。マウスが使えなくなる。

Fixing Meteda's computer


それから完全分解。内臓マウスをはずし、内臓キーボードをはずして、ようやくちゃんと動くようになった。内臓キーボードが悪くなっていたのだ。後でマウスは悪くないことが分かってもう一度接続し直し、外付けキーボードを買って来て、無事完成。メテダさんは、お礼にと言ってパイナップルを持ってきた。顔に笑顔が広がった。何度もありがとうを言った。

修理が終わるというのは、感謝で嬉しい。でも、パプアでは、ジャンクやさんもない。秋葉原もない。つかの間の趣味も終わった。そして、今は元気になって翻訳にいそしんでいる。




マラリヤについて

セキとアレルギー症状のクシャミなどなどで1週間ほど風邪薬と抗生物質で戦ってようやく体が軽くなってきたと思って月曜日に仕事を本格的に始めようとダイニング・テーブルにコンピュータを載せ作業を始めると2時間たって突然頭がふらふらしてきました。そのうち、右耳が「キーン」となり始め止りません。そこで、長年の友人でもあり、1980年代からマラリヤ検査の訓練を受けて恐らく何千と血液を検査し続けてきたニン婦人に連絡を取って午後マラリヤの検査をしてもらいました。

夕方連絡があって、Tersiana +1でした。テルシアナというのは、マラリヤの軽いものですが、それにマイナスやプラスと数字をつけてその症状の程度を表します。ちなみに、私が昨年2度かかったマラリヤは、Tropika +2で、脳に来るマラリヤと言われずっと症状が重いのです。私も、高熱もでました。今回は熱もなく、体がだるい、節々が痛む程度でした。

昔は、長年使い続けると人によっては失明するというクロロクインも良く使われましたが、新しい薬が開発されていて、4錠を6回飲めばそれで済むという薬を使っています。今日と明日の夕方もう2回飲めば終わりです。副作用が少なく感じられ感謝しています。キニーネを使うと起き上がれないという人も多く、私もその一人です。

マラリヤは人によっては何度もかかります。一緒に住んでいるアンドリューも何十回もかかったと言っています。中には、一度もかからない人もいます。マラリヤのワクチンを開発したら、その人はノーベル賞だとも言われています。結局マラリヤは、ウィルスではなくて、虫だということが難しい原因なのでしょうね。

(今日空港でパンサーのスターターを持って行ってくれる人が与えられました。搭乗口でぎりぎりで与えられました。感謝。明日は、また学生たちが学校へ送ってもらえるでしょう。)
Starter Panther

スパークプラグのないディーゼルエンジンには欠かせないスターター



同労者アンドリューとのめぐり合わせ

センタニにビザの延長のためにやってきたのだが、神様のご予定の中には、他に沢山ご計画があるようだ。その一つは、私がカイマナを出発した日から車のパーツがどんどんと壊れ、明日もまたカイマナにパーツを持って行ってくれる人を探しに空港にでかける。おかげさまで車が保たれている。

もう一つは、今泊まっているウェストランドさんの家で、1984年以来の同労者アンドリューと奥さんのアンさんと交わりが与えられたことだ。奥さんは、アメリカに先に帰られたが、アンドリューは後数週間残って、センタニと彼の言語グループでの働きをする。先日朝、台所で立ち話をして、お互いの働きの重荷を分かち合い互いに理解しあったのだが、そこで不思議なことが起こった。

Sims


私がコンサルタントとして奉仕している団体のマルコス師は、政府も認める識字教育の大家だ。10年間で、20000人とも言える人たちを文盲から救い出し、訓練した教師は、500人以上だという。しかも、増え続けている。私は、YPAの総会に出て彼の証しを聞きながら、主が、彼を識字教育のコンサルタントとしてパプアで用いてくれれば良いのにという思いを持って実際そのことを彼に伝えたばかりだった。

アンドリューのグループでは、8年間識字教育が行われ、教師も訓練されたけれど、資金が途切れ、そのままになっているという。私は、マルコスさんのことを彼に話した。私は、彼ならきっとアンドリューのグループの識字教育に光を与えてくれるに違いないと話した。

でも、私の心には、積極的にプッシュできない理由があった。それは、宣教師や外国人は、プライドが高く、パプア人をコンサルタントとして用いるには、謙遜なハートが必要だ。私は、アンドリューがどのような原則を心に持っているか知らなかったので、お話だけにしておこうと思った。

すると、彼は最後に行った。「隆さん。このことについてマルコスさんに話してもらえる可能性はありますか。」と聞いてきた。山上の説教が心に響いた。

「柔和な人は幸いです。その人は地を受け継ぐからです。」TEVの英語訳では、「謙遜な人は幸いです。その人は、神が約束されたものを受け取ります」となっている。



パプアの団体として成長

30日と31日の二日間に渡ってYPAパプアの総会が行われた。こんなに長い時間ミーティングにでるのは、久しぶりで、2日目はもうくたくたになった。コンサルタントの役割、どこまで「やる人」どこまで、「育てる人」このバランスについても話し合った。TITIPは、10年に約600人以上の人を育てている。その中には、教師としての訓練を受けて、自分が別の人を育てる働きをしている人も増えている。このような団体は、同僚が関わっている団体の中にさえ見られない。むしろ、長年に渡り色々と批判を受けてきた団体だが、今、パプア人のリーダーと外国人のコンサルタントが心とビジョンを一つにして更に先へと進んでいる。

YPA leader

識字教育の大家マルコス師、お父さんのNGOを村で助ける??師、奥地で聖書と英語を教えているジェイスン師、ジャカルタビザ担当のヘンキー師、総主事オヤン牧師、航空団体やインターナショナルでもリーダーを務めるTITIPの校長アグス師、TITIPのコーディネータリサール師、写真に写っていない翻訳者のコルニー師


いつもと違うこのミーティング。それは、リーダー達が、ほとんどパプア人。7割がた使用言語は、インドネシア語。これが嬉しい。英語を使う外国人の会合に飽きていたからだ。しかも、私たちが2000年に帰国する前に一生懸命エネルギーをつぎ込んだ兄が、そこにいる。また、同僚のTITIPという学校を始めて1年余りで帰国したアメリカ人のブラントリーさんが育てた第一期生の兄もMAを取得していて、その会合に出席している。短い時間だったけれど家内が言語学を教えたエクイン姉が、言語学コースで良い成績を収め、現在は、グアムの遠距離大学に入学して聖書を学びBAを目指している。将来彼女がフィールド・ワーカーとして育って、YPAパプアのこのような総会に顔を連ねてくれることを祈っている。

ハイライトは、何と言っても(手前味噌ではあるが)1日目の終わりに提案させていただいたそれぞれの個人・家族や働きの困難など近況についての分かち合いを2時間ほどすることができたことだ。私たちは、互いを深く理解し会えてティームとしての一致観を深めることができ本当に感謝だ。

体はくたくた、風邪とアレルギーでぼろぼろ。
会議の後、私たちのビザ申請のために必要な労働省の就労許可書がないと担当者から言われた。私がカイマナに持っていったという。記憶が全くなかった。頭は真っ白、2日間の恵みの総会からどん底へ落とされたようだった。「どうして、カイマナに居るときに連絡してくれなかった。」「それは私の責任ではない」という。今度は血が頭に上った。本当は夕食をみんなでするのだが、心はそれどころではなかった。家に帰って一人で頭を冷やした。夜中に、携帯にSメールが入っていた。「松村さん。すみません。他のファイルの中に見つけました。」パプア人が責任を取るということについてもっと成長して欲しいと願う。




プロフィール

松村隆(パスター・フィリップ)

Author:松村隆(パスター・フィリップ)
1952年生まれ。埼玉県浦和育ち。1984年から海外にて言語研究や翻訳の働きに従事。2000年に原因不明の病気で帰国。2001年に児玉福音自由教会の牧師に就任。2010年2月正式にNGOのコンサルタントの働きに復帰。2013年6月日本に帰国。61歳。

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