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34回目の結婚記念日 「ピザ」

3月25日は、結婚34年記念日だった。

日曜日で、その日は、礼拝説教をして、くたくただった。でも、マルコ伝の9章14節から29節から「信仰が私たちの生き方を変える」という題でメッセージをした。

悪霊付きの息子を抱えて悩んできたお父さんにとって信じるということはとっても大変だったようだ。
現実の戦いの中で、主を信じるというのは実際大変だ。あきらめたり、捨て台詞を放ってその場から逃げたほうがずっと楽。でも、「主よ。信じます。」と告白した彼に主が大きな業をしてくださった。「不信仰な私をお助けください。」と祈りつつ、主の業にすがる自分として今週も生きていたい。

土曜日は、バナナ・ブレッド、日曜日は、ピザを作って記念日を祝った。

kitchin aide

「ドウ」のこねる役は、私

mic sauce

ソース担当は家内

cheezing

チーズをかけて

baking

オーブンで焼く

34th anniv pizza

味は、最高!

oishii



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親父さんの真摯な祈り

何と言おうか。私の心はまた揺れ始めた。センタニで吹っ切れたはずの心のあせりやストレスがまだ戻ってきたようだ。何をしても手につかない。家内も私も目がアレルギーで赤くなったりかゆくなったり、かなり精神状態に影響する。翻訳をしようとすると、「自分は、本当に聖書を翻訳する資格があるのだろうか」と疑問が湧いてくる。罪人の頭である私が果たして、このような大切な働きをする資格があるんだろうかと考えた。大体セルフエスティームの低い私が良く考えるようなことだ。

そのような中にも、主が働いてくださっているのは分かる。昨年カイマナのイミグレーションで担当者の人に説明するのに困難を覚えたことがあったが、昨日新しいビザを持って訪問したら今度は、どうしたことだろう。にこにこ顔で私を迎え、まるで旧友に会うかのような歓迎振りだった。実は、ジャヤプラで担当者が作った書類に不備があって、申し訳ないというと、「やあ。あなたは、どういう手続きが必要かわからなくて良いのです。担当者がしっかりしなければ。大丈夫。あなたは、どこかの知らない全くの他人ではないのだから、心配しないでください。」一体何が起こったのだろう。恐る恐る行ったのに。み使いが足を支えてくださったと感じた。

今朝早く、自分には資格がないと感じながらも、翻訳は続けた。そんなとき、マルコの9章の翻訳に入っていた。山の上で、3人の弟子たちが光輝く体に変貌したイエス様を見た後、山を降りてきた。降りてくると、一人の人が弟子たちとなにやら議論のようなことをしている。主が、「どうしたの?」と聞くと、「いやあ。他でもありません。息子が悪霊に取り付かれていてどうしようもないので、あなたのお弟子さんに直してくれるよう頼んだら、だめだったんですよ。」そこで、主は、かんかんになって弟子たちを怒る。「あんたら、いつまであんたたちと一緒に居られると思うのか。どうして信じない。」すると、息子を連れてきた親父さんまで、弟子たちに開けられたイエス様の傷口に塩を塗るようなことを言う。「主よ。できることなら、私の息子を哀れんで治してやってください。」主は、すぐさま、「できることならとなぜ言う。信じる者にはどんなことも実現する。」親父さんは、顔を真っ赤にして、「すみません。信じます。信仰が足りない私を助けてください。」

私は、その親父さんの真摯な、祈りのような叫びに惹かれた。自分がどうしても信じることができないことを正直に言ってしまった親父さんが、祈った祈りは今私の祈りのような気がする。目で見える状況に困難を覚え、主がこの状況を何とかしてくださると信じるたいけれど、心がついていかない。だから、私に必要なのは、信じますと告白することと、主に信じることができない私を助けてくださいと祈ることだ。
ふと、今週の礼拝のメッセージを思い出した。「信仰は、望んでいる事柄を保証し、目に見えないものを確証させるものです。」なぜか、体にビビッと電気が走るような感じを受けた。

そして、その後、9時過ぎにやって来たヨハン兄と翻訳のことや、寮のことをお昼まで話し合い、祈り食事をした。翻訳者というのは、いつも孤独だ。自分で祈り、予定を立て、実行していく。エイズ撲滅の研修会、韓国人の友人の部族調査、マルコ伝の改訳、ヨハネ伝の翻訳、など、目白押し。その中に、イースターもある。8月のコンサルタント審査目指して何とかマルコとヨハネを終わらせなければというあせりもあった。ところが、ヨハン兄と話している内に、家内と3人の中には、今は学生が一人だけれど、主が新しいことを来年度してくださるという平安と希望が心に満ちてきた。もしかしたら、5月に1ヶ月ヨハン兄と村に入って、じっくりヨハネ伝を翻訳できるかも知れない。3月にマルコ伝、そして、4月に研修会。部族調査は、もっとずっと後になりそうだ。何かぼんやりしていたものが目標となって見えてくる。信仰って恐ろしい。信仰を働かさなければ、思い煩いの毎日だ。でも、信仰によって今の状況を乗り越えて先を見ることができる。また、光が見えてきた。

生活の一こま

ita apotik

町に出て、薬局で目の診察を受け、友人のイタさんから薬を買う

Werner stacking up

ヨハンの息子ウェルネル、リトを手伝って台所に焚き木を積む

Lito wood cutting

リト木陰で斧で薪を切る

Mic Teaching

一人になった学生、リト兄に英語を教える



何か吹っ切れた?!

体が疲れやすいのは、センタニでかかった病気や、腰痛のせいだろうか。でも、何か心の中に新しい風が吹いている。今朝、木の下にある長いすに腰を下ろしてインスタント・コーヒーを飲みながら草や木々の青さに目を細めながらカイマナに戻って来ることができた恵みを味わった。何だろう、この2ヶ月は、必要な心の洗濯だったのかも知れない。それまで、カラオケでうるさかった近所の人にも耐え切れないでいたが、帰ってきて自然に笑顔で話せる。昨日は、奥さんが鳥の肉まんを作って来てくれた。自分のものと、人のものの区別ができないイラルトゥの人たちが、やたらと寮から色々なものを借りていったまま返していない。怒りが湧いてこない。笑って、リトに「取り返して来たら」と言える。歯が欠けて余り使い物にならない斧も、SMSで、「斧返してくれますか」と打って、今朝戻ってきた。なくなったものがあるが、日本式に考えればどうしようもない。ディシプリンという意味はどんな意味なのだろうか。「借りる」という意味はどういう意味なのだろうか。あまたに来ない。彼らを受け入れようという心が芽生えてきた。なぜ?

今朝は、久しぶりにマックス牧師の教会で礼拝をした。それにしても、教会がみことばを語るということの大切さを味わった。ヘブル書11章から信仰についてのメッセージであった。この教会に家内に連れられて来たのだが、良かったと再び思った。自分の日本の教会に似ている。牧師が国教会の公務員だった北欧の教会の中に、みことばを信じて御霊が働かれて救われる人々が始めた霊的覚醒による信徒による非公式な交わりの中に福音自由の元祖がある。「そのことは、聖書のどこに書かれていますか」を合言葉にしてきた私たちの霊的祖先は、この教会ともつながっている。牧師が、みことばをまっすぐに語らなくなるとき、教会の規約や伝統がみことばを乗り越えようとするとき、教会がキリストの教会としての役割を失っていく。そして、信徒は、ただ形だけ整った教会の中で霊的に死んでいく。教会は、伝統で何とか踏ん張ろうとする。でも、それは、髪を切られたサムソンのようだ。もう一度、教会とは何なのか、主から御霊とみことばによって教えていただくまで、力がない。

翻訳と寮の立ち上げで戦う一週間の終わりの日(創世記的には、7日目)、よみがえりの日を考えれば、週の初めの日、礼拝に行く。ある意味、お付き合いで行っていた前の教会では、講壇からみことばが語られなかった。私の内にある、聖霊なる主が、全く私の心を揺り動かさなかった。説教ではなく、講義であった。私は、講義を聞いて次の週一週間戦うことができなかった。牧師の大切さを思う。それは、賜物というよりも、牧師がみことばに生かされているかということではないか。

100冊印刷されたマタイ伝を読んで驚く、「このようなすばらしい翻訳はどこから来るのだろうか。」まるで自画自賛のようであるが、動機はそこには全くない。もちろん、ヨハン兄を初め私たちは、一生懸命翻訳し、経験を積んできた。その経験なしには、生まれない。でも、印刷されたものを読んで驚くのは、それは、そこにある人を生かす神のことばが生き生きとしているということだ。人の業ではなく、聖霊の業だ。色々お世話になった人に、感謝を持って配っている。来年は、5つの書を2000冊から印刷する。そして、今、イラルトゥの人々がこの聖書の分冊を手に立ち上がる機運を小さな交わりの中に感じ始めている。主が一体この人たちにこの永遠のことばを持って何をしてくださるのだろうか。人は、風がどこから吹いてどこへ行くのか知らない。しかし、主のなさることは時にかなって美しい。

カイマナにようやくやって来た。

7日朝起きると、頭がずきずき、直ぐに痛み止めを飲んだ。疲れた体を打ちたたいて出発。5時半にちょっと遅れたが、ラバンさんに乗せていってもらってハンガーに着いた。残りの荷物を量り、荷物は預けてハンガーの2階で朝食を取った。今日は、ブライアン・スタッブズさんがパイロットだ。センタニは雨だったが、初めに飛ぶ山中の滑走路ムリヤは、快晴だとの報告。7時に出発だったが、おっと、私の大事な手帳を家に忘れてきた。ラバンさんの息子マークがバイクで届けてくれた。本当に感謝。出発前に、バイク用の雨合羽も思い出して持ってきた。主は、忘れっぽいこの私を支えてくださる。感謝します。

brian


ムリヤまでは、副操縦士の席に座ったので、スイスから取り寄せた新しいパネルが良く見えた。いつも思う。私には、飛行機を飛ばす技能はない。ジャングル・パイロットたちは、翻訳者には、なれないと思っている。でも、自分の技能で翻訳者を運ぶことができることに誇りと喜びを持っている。私たちも彼らに負う所が多い。主は、色々な人を用いる。

new guage

スイスから取り寄せた計器

午前10時過ぎ、カイマナの空港に無事着いた。何度もパーツを送って修理をしてもらったパンサーでヨシさんとヨハン兄が迎えに来てくれていた。ヨシさんのおかげで、ボロに近かったいすゞの車が生き返っていた。嬉しい。そして、ジャワから印刷されて送られて来ていたイラルトゥのマタイ伝を見た。とても薄い。でも、そこにつぎ込んだエネルギーを思うと喜びに耐えない。でも、寮生は、一人になっていた。これが現実だ。ここから這い上がるしかない。


急いで荷物の片付け

6日午前11時頃、フライト・スケジュール担当の人から「明日飛べることになったけど、大丈夫。」と携帯にメッセージが入った。ちょうど、図書館で、朝マルコ伝の6章を終えた後、荷物の片づけをして、車に荷物を載せ終わったときだった。それから、大忙し。今日詰めることができる荷物を詰め終わったのは、午後の3時半を過ぎていた。それから、航空部のハンガーまで荷物を運んで体重も含めてすべて計量。腰痛の病み上がりの体は悲鳴を上げたが、主が、ちょうど良いときに出発にしてくださったと感じた。前の日だったら、体の準備ができていなかったかもしれない。体の疲れを覚えたが腰痛は悪くならなかった。最後の買い物をして、帰ってくると、ラバンさんが、招待していたジョーとイギリス人のマイケルが、直ぐにやってきてトルティヤ(メキシコ料理)の食事。その後、ウィザードのゲームになった。私は、2位だった。7時半過ぎたので、私は、ちょっと失礼して、前日パプアに来たばかりの聖書協会のコンサルタントであり、翻訳部の部長であるウェナスさんに泊まっているホテルに会いに行った。余りに普通のホテルだったので、聖書協会の人たちの謙遜さを垣間見た。

Pak Wenas Hotel Tahara


もし、先週出発していたらきっと会えなかったので、主のなしてくださった恵みを深く味わった。楽しい交わりの中であっという間に時間が過ぎたが、8月にヨハネ伝とマルコ伝のコンサルタント・チェックをしていただくことに決まった。場所は、ヨハン兄たちが二度と行きたくないと言ったジャワ島のボゴルではなく、スラウェシ島のマナド市になりそうだ。マナドには、聖書協会のゲスト・ハウスがあり、オフィスもある。カイマナに来ていただくのも案なのだが、部族長であるヨハン兄は、忙しすぎて次々に邪魔が入ると予想されるので私は別の場所が良いと思った。気がつくとウェナスさんは、何かニコニコしている。「ウェナスさん、ご自分がマナド人だから、ご自分でコンサルタント・チェックしたいと思っているのでしょう。」と私が言うと、首を立てに何度も振った。ははは。現金なものだ。楽しかったが明日が早いので9時半で切り上げ、帰ってきた。それから、息子のマークが、色々コンピュータのことで私を助けてくれ、また一時間ほど起きていた。明日は、5時半までにハンガーに行く。眠いが、体が疲れて寝付けない。

エクインとの一時。明日出発か-準備完了!

夕方、図書館の部屋にエクインがやってきた。彼女は、グアムの遠距離大学でインターネット経由で翻訳者を目指して学んでいる。彼女から時々聖書についての質問を受ける。昨日は、コンコルダンスについて、特に、どうして、英語に翻訳されたものが、元のことばが同じなのに、英語で違うことばが使われているのかという質問を受けた。図書館はすばらしい。ギリシャ語のコンコルダンスがあったが、ちんぷんかんぷん。ヤングのコンコルダンスの使い方を伝授した。でも、翻訳の実際に関わる質問だったので、英語の聖書の歴史をお話して、時代によって、ターゲットとする人たちによって、ことばが違ってくることを、インドネシア語の聖書を使って説明した。

Equeen at the Library
遠距離大学でも、このパプアで学んでいる学生の中で彼女が一番良くできるという。ちょこっと、「将来カイマナに行けたら良いなあ。」というようなことを話した。どこまで彼女を背後からサポートできるか分からないが、今、パプアから一人の翻訳者が生まれようとしていることは、家内と私にとってこれ以上の喜びはない。

昨日は、アメリカ人の女医さんに、腰をチェックしてもらい、腎臓もチェックしてもらった。全部オーケー。ヨハンから電話が入り、寮の建物のために使っていた電気カンナが壊れたという。今朝近くのお店で購入。そして、ドイツからのパーツもジャヤプラに今朝とどいたらしい。明日、カイマナに出発できそうだ。ハレルヤ!

リーダー・ラリーとようやく話せる

振り返ってみると、この2ヶ月センタニでいかに体との戦いがあったか。風邪、アレルギー、マラリヤ、腰痛。腰痛は、まだ完全には治っていない。もしかしたら腎臓もチェックする必要があるかも。YPAのコンサルタントのリーダーであるラリーさんとも話していない。

本当はカイマナに出発する予定の3月2日、夕方4時ごろ、ラリーさんが私の借りている図書館の部屋へやってきた。今日は、団体のリーダーが朝9時から、午後3時半までカンズメでミーティングをしていた。私の部屋に来た彼に、ミーティングはどうだったと聞くと、まだ進行中だという。「ええ。終わってからで良かったんですよ。」というと、「いや。午後は、多くが会計のことで、僕は数字のことは良くわからないし、家内が出ているんで良いんですよ。それに松村さんとのミーティングがあったので、やってきました。」

Pak Larry


それから、5時半過ぎまで、私たちの働きの進み具合など、これから5月末までの計画などを話した。彼は、よく聞いてくれる人だ。私の回りにこのようなサーバント・リーダーが与えられていることは大きな恵みだ。特に、もしかしたら、4月の後半から5月の初めに、ジースンさんの部族調査に加わるかもしれないと話すと、ご自分が、70歳以上なのに、南パプアの言語調査に加わったときジャングルの中を何日も何日も、すべったり、倒れたり、足をはずしたりしながら終えたときの話をしてくれた。彼はその全行程をサバイブしたが、一緒に行った、肝心の翻訳者は、途中で足が動かなくなり、ヘリコプターで運ばれたという。すごい人だ。小柄だが、今でも、腕立て伏せ100回をこなす。彼は、私に、カイマナに戻ったら坂を使って脚の訓練をしっかりするようにと語ってくれた。

出発は、恐らく木曜日の8日になるだろう。まあ、どこに居ても、マルコ伝の翻訳を一歩一歩推し進めるだけだ。でも、このセンタニ町の「文明」の便利さと、宣教師たちとの交わりに慣れてしまって、カイマナに帰るのがおっくうになりそう。幸い、私たちを待っている友人たちが居る。彼らに会えるのを楽しみに、飛行機が完全に直るのを待っている。

消極性の中にある安心感

最近考えていることをここに書きとめて置きたい。

この考えは、4日土曜日にウェストランドさんの家にやってきた建築家のジョー・ウォーラーさんと「ウィザード」というカードゲームをしたときから今出発が遅れていることについてつながってきたことだ。

私は、このゲームは、まだ習ったばかりで、ゲームをする前に、何枚のセットのカードを獲得するか予想しなければならない。私は、自分のカードが余りにひどいので、1回、2回、3回と続けて、ゼロと予想した。そして、勝とうとしないで、あえて負けることをよしとすることとした。ところが、他の人は、一生懸命できるだけ多くのカードを取ろうとして、必死になって結局取れなくて、マイナスになる。終わってみたら、私は、2位の人を100点ほど追い抜いて優勝した。ところが、自分が勝ったという気分が全くない。

これが、主の働きに仕えることにつながっていると感じた。一生懸命計画して、その計画にしたがって一生懸命汗を流し、そして、うまく行けば、自分が勝利感や満足感を得る。ところが、主のみこころに従うということは、自分に負けることから始まる。むしろ、自分の予定が進まないけれど不思議に別の道が用意されて、そこに進んでいくと働きが進んでいるんだか進んでいないんだか実感が浮かばない。そして、だれかに、「良かったね」と言われても、達成感が浮かばない。もしかしたら、これが主の働きにつくということかも知れない。

能力のある人は、能力で進む。そして、その能力で勝利し、勝ち取り、そして、誇り、達成感を持つ。でも、それでは、主が、パウロさんを通して語ったコリントのことばが、「違うんじゃない」と語りかける。

Iコリント1:28

「この世の取るに足りない者や見下されている者を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。」

IIコリント12:9-10

9 しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。10 ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。



私たちは、自分の能力による勝利ではなく、先を見ることができない限界ある自分、時には、自分の弱さや、主に従うことでの困難や苦痛を実際にこの身に受けながら、その中で、主のよみがえりの力を祈り、永遠から永遠に変わらない英知を持たれた私たちの主におすがりし、そして、「だめだなあ」と負の自分を味わいながら、みことばと内なる御霊の導きの中で開かれた一筋の小道を進むのではないか。


60歳になり、体に弱さを感じ特にこのごろそう思う。恐らくある人にとっては、このブログは、弱虫のブログだと映るかもしれない。でも、弱虫だと思う人は、もう一度、主にあって生きるということを聖書のみことばを通して考えて欲しいと思う。



志保さんと昼食

センタニに住んでおられる日本人クリスチャンの志保さんが私たちを昼食に招いてくださった。魚の「美しさ」に見とれて写真を撮るのを忘れた。とてもおいしくいただきました。息子さんのキヨシ君とも一緒でした。時間の経つのを忘れて自分のことばで話せる恵みを堪能しました。前回ウェストランドさんの家にお呼びしたときは、ご主人ともご一緒で、もっとご主人と知り合いになれたらと思ってます。今度は、5月の末にTITIPの卒業式がありますので、それに合わせてセンタニに来たいと思います。飛行機は、まだ直っていないようです。来週いつになるのかな。

Shihosan

急いで撮ったらキヨシ君を忘れました。ごめん!

Bird's Head(恐竜の頭)とアンディ/飛行機のパーツ

アンディは、私たちの団体では、珍しい南アフリカ出身の識字教育の働き人だ。2009年に私たちがパプアにやって来て以来、私たちのスーパーバイザーとして奉仕してくれている。年に数回だが、センタニの町で一緒になるときがあり、本当は、今はスーパーバイザーは、それぞれの受け入れ団体ごとに一人となっているが、残念ながら私たちが奉仕している団体は、フィールド・ワーカーは、私たちだけで後は皆英語の教師だ。だから、非公式に今回もダンキン・ドーナッツで1時間半ほどお互いの近況を分かち合い、祈るときを持った。

Andy Abbot


アンディと奥さんも、私たち同様、パプア州の恐竜の頭の地域で奉仕している。かつて小栗さんの部族で識字教育をした人でもある。彼は、来週また村へ出発するという。「寮はうまく行っている?報告を読むと大変そうだね。」と話を始め、私は、寮のこと、翻訳のこと、2013年に帰国することなどを話した。彼は、最後に、「やあ。とても励まされた。」と言って、二人でお互いのために祈り分かれた。今度、5月に来るので、また、「ドーナッツ・デート」をしたい。

出発の延期:

本当は、明日の2日にカイマナに出発の予定だったのだが、乗っていくはずの団体の飛行機PC12の定期点検で重要なパーツ交換が必要だということがわかった。パーツはドイツから持ってくる必要があり、出発は、来週のいつかになった。(5日なら良いのだが)誰かが片道24時間かけてドイツに行き、パーツを購入して、また24時間かけて戻ってくる。その献身ぶりに感謝するを得ない。腰もかなり良くなってきているが、まだ痛みもあり、来週出発の方が正直助かる。主が最善をなしてくださることを願いつつ。




プロフィール

松村隆(パスター・フィリップ)

Author:松村隆(パスター・フィリップ)
1952年生まれ。埼玉県浦和育ち。1984年から海外にて言語研究や翻訳の働きに従事。2000年に原因不明の病気で帰国。2001年に児玉福音自由教会の牧師に就任。2010年2月正式にNGOのコンサルタントの働きに復帰。2013年6月日本に帰国。61歳。

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