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マタイ伝出版感謝礼拝 4月23日

4月13日、HIV・エイズ撲滅のためにYPAのコンサルタント・パーカー夫人が、YPAの創立者の一人アグス・マニアガシ伝道師と一緒にカイマナにやってきた。40名ほどのイラルトゥの人たちや、牧師先生たちが集まってくださり、アグス師のパワフルなメッセージを聞き、Yy姉の講義に熱心に聞き入り、6時に始まった集会は、夜の9時まで続いた。









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断食で平安を取り戻す

私は、聖書翻訳に徹したかった。でも、それは私のエゴだったと思う。家内は、家の中の整理がつかず、戸棚を作って欲しいと訴えてきた。私は、きっと主の働きに対する誤解の中に陥っていたのだろう。聖書を翻訳してさえいれば、自分は崇高な「主の働き」をしているとむか~し持った考えに逆戻りしていた。

最近、闇が私に迫ってくるのを感じていた。電子メールをすると誤解されたり、誤解したり、また、自分の中から出てくる「怒り」の感情がどうしても文字になったり、会話のことばになったりしてしまった。パプアの文化に適応することがもう限界に近い状態になっていた。プログレスすなわち結果を追い求める余り、プロセスどうやってそれを達成するかというキリストにある生き方への気配りがなくなっていた。そのように原因を分析している。今すべてを辞めて、ただ主に心を向ける作業をしている。これも決して楽ではない。ヨハン兄の息子たちが漁に行ってきて獲った魚に氷を割ってかけたり、市場まで車で運んだり、二階のランプが壊れていて修理したり、でも、心は常に主に向かっている。祈っている。

金曜日の夜から2日間断食した。断食することで、自分が今主とのみ向き合っているという意識を自分の中に持つことができた。その中で読んだ故ジョセフ・ラングフォード司祭がしたためた、「マザーテレサの秘められた炎」という本は、私の心を圧倒した。2000年前のよみがえられた主イエスに会いたいという思いもあるが、このマザーに特別に働いてくださった主の姿を、マザーテレサを通して見たいという思いにさせられた。

でも、マザーテレサは確かに特別だったけれど、それは、彼女の主に対する愛と交わりへの渇望の中で主が深く取り扱ってくださったいう印象を受けた。ジョセフ司祭の本の目的もそうだ。マザーが特別だったということより、マザーの中になぜ主がそんなにも現れてくださったかという鍵を見つけ、そして、私たちもその鍵を手に入れて欲しいと願っているのだ。

ある日、食糧担当のシスターがマザーのところへやってきて、修道院の食糧庫の中が空であることを告げる。まだ朝の10時頃、後2・3時間すれば、300人以上のシスターたちが帰ってくる。マザーテレサは、台所係のシスターに、「では、チャペルへ行って私たちには食べ物がありません、とイエスに告げなさい」と言ったそうです。それから、彼女はすべてが解決されたかのように仕事に従事し、助けを求めて市庁舎に電話することさえも考えなかった。台所係のシスターは、マザーに説得されたかのように、心配しながらチャペルに行った。しばらくすると、市街に向かうトラックの運転手が、玄関のベルを鳴らした。市立学校がストで生徒たちを家庭学習に送り帰し、当局のパンが何千とあまっていてマザーに使ってくれませんかという。

私には、蘇りの主イエス様への現実感を持った信頼と祈りが自分のうちにあり、それを元手に宣教という働きの中で「商売」をしているという意識がなくなっていた。すなわち、相変わらず人間である松村、それは、欠けだらけ問題だらけなのだが、それを使って何とかがんばろうという思いが強かった。主との深い交わりこそが、また、主への信頼こそが、主への祈りこそが聖書翻訳そのものだということを忘れてしまっていた。

マルコ伝の9章14節以下を説教し、そして、ヨハンが病気で苦しんでいるときに、そこを読んで手を置いて祈った私なのに、その時は信じて説教し、信じて祈ったけれど、それを24時間のすべての時間で、主との交わりに入っていなかったことに気がついた。今、では、この生き方をどのように変えたら良いのか考え直している。

様々な戦いの問題は、人ではなく、結局自分の中にあるということを断食を通して教えられた。
サタンは、外から攻撃できない。その攻撃は比較的簡単に排除できる。
内側からの攻撃は、心をぐさっと傷つける。


プロフィール

松村隆(パスター・フィリップ)

Author:松村隆(パスター・フィリップ)
1952年生まれ。埼玉県浦和育ち。1984年から海外にて言語研究や翻訳の働きに従事。2000年に原因不明の病気で帰国。2001年に児玉福音自由教会の牧師に就任。2010年2月正式にNGOのコンサルタントの働きに復帰。2013年6月日本に帰国。61歳。

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