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「嵐」が我が家にやってきた

ビザを貰って帰ってきた次の日25日、いつも私たちが泊めて頂いてお世話になっているオヤン先生ご夫妻と青年たち計18人が、我が家に泊まりに来た。26日は、イスラム教の祝日でお休みなのでみなゆっくりできるためにこの日を前から計画していた。(ビザがちゃんと降りたので予定通り決行できた!感謝!)

silent shugo


夜10時過ぎているのに、賛美をがんがんする。オヤン先生も、私が前に歌っていたスラバヤでならった「愛の恵み」という日本語の歌を教えてくれと、夜の12時過ぎていたが歌ったり、コンピュータにしまってあった曲をなんども聴いたりした。次の日も朝早くから賛美。

oyang sri


オヤン先生に、聞いた。「大丈夫なのこんなに早くから賛美して???日本じゃ無理だな~。」というと、「この国では大丈夫。外国人はちょっとショックだろうな。」などど言う。近所に韓国人が住んでいるんだけれど(>_<);;;

sequence


Sequenceというゲームを、息子さんのリオがアメリカから持って帰ってきていてそれを晩、朝、昼とする。インドネシア人なのに、みんな朝のシャワーも浴びていない。証し会やみことばを学ぶときもあり、ただ泊まりに来たのではなく、賛美と笑いにあふれていても青年たちの訓練の時となっている。

cooking 1

ikan bakar

serving


26日の大イベントは、焼き魚。オヤン先生の奥さんのスリーさんの掛け声一声で、それぞれが自分の持ち場について料理を始める。食事をしたのは、午後の1時を過ぎていたが、食事の時間になったら私も写真を撮るのを忘れるほど美味しい焼き魚に喰らいついた。(手で食べるので同時にカメラを使えないということも理由に挙げられる)

laughing
自分たちの写真を見て大笑いする青年たち

嵐のような1日半だった。でも、今までこの国で経験したことがなかった経験をさせていただいて感謝でした。


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プロフィール

松村隆(パスター・フィリップ)

Author:松村隆(パスター・フィリップ)
1952年生まれ。埼玉県浦和育ち。1984年から海外にて言語研究や翻訳の働きに従事。2000年に原因不明の病気で帰国。2001年に児玉福音自由教会の牧師に就任。2010年2月正式にNGOのコンサルタントの働きに復帰。2013年6月日本に帰国。61歳。

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