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やはり主は生きておられる!4時間の散歩

日本では、終戦記念日の日8月15日、夕方4時ごろ、私は家を出て、いつもはバイクか車で走る道をリュック一つを背負って歩き始めた。パプア人のための寮を立ち上げることがこれほど大変だとは考えても見なかった。前の週私は一生懸命働いた。子供たちを学校へ運び、迎えに行き、そして、母語の聖書で朝の静まりの時を一緒に持ち、訓練ができていない子供たちを訓練した。でも、それで私は日本人とパプア人の大きなギャップに足を踏み入れて動けなくなってしまった。

このままでは、危ない。体はもう金曜日でめいいっぱいだったが、今度は心が黄色信号を出していた。それで、一泊の旅に出た。文明の機器は、全部捨てて、自分と自然と向き合う。車を辞め、バイクを残し、自分の体で勝負した。幸い、温度は、30度を超えていない。カイマナは最近ずっとこんな状態だ。

市場まで1時間位かかっただろうか。そこでコカコーラを飲んでいつも物を買っているお店のおじさんとしばらく世間話をし、また歩き始めた。とにかく、この家からしばらく離れないと自分がぷっつんと切れてしまうと感じたからだ。「こんにちは」とイラルトゥ語の夕方の挨拶をして、バイク・タクシーで追い抜かしていく人が何人かいた。また、携帯をジャヤプラでなくした市の宗教部の部長さんで、牧師さんのマルテンさんが、バイクで止まってくれ、「やあ。会いたかったよ。携帯をなくしたので、隆さんにずっと連絡が取れなかった」と言って喜んでくれた。私に会うのを楽しみにしてくれる人に会えるのは、心が癒される。

目的の友人の家に着いたのは、6時近かった。約2時間かかった。今は、断食月なので、彼らは断食中。シャワーを浴びさせてもらって、子供にインスタント・ラーメンを買ってきてもらい、断食が終わる6時10数分過ぎを待って一緒にパンなどを食べさせてもらい、インスタント・ラーメンの夕食を食べ、夜は、二階の天井もない、ドアもない部屋で、マットレスもないベッドで寝させてもらった。町だから車がうるさい、蚊よけの薬を体中に塗って、それでも、長く歩いたせいでぐっすり眠れた。朝は、8時過ぎ、元来た道を戻ってバンテミの家の戻る途中、祈り続けていた。「主よ。どうしたら良いのでしょう。」

1時間歩いて、市場を過ぎ、橋を渡って向こう岸に行くと、下の川で、網を降ろしている人の姿が見えた。非常に簡単な漁で、網の片方を海岸の子供に持たせて自分は川の中を網を広げながら一回りするだけだ。でも、一匹だけ魚が捕れた。そして、海岸線を歩き続けるうちにペテロのことが思い出された。「主よ。一晩中魚を取りましたが一匹も取れませんでした。でも、おことばですから網を下ろしてみましょう。」私は、ペテロの気持ちを想像してみた。プロの漁師が一晩中網を降ろし、働き詰めで漁をしたけれど、一匹も取れなかったのは、肉体的にも、精神的にも、疲れた状態だっただろう。たとえ、主のことばに従うにしても、深みに漕ぎ出し、網を打つ作業は、その疲れきった体に鞭打って、更に動かさなければならない。でも、きっと語られた主のみことばと主ご自身から信仰による新しい力をいただいて、出て行ったのだろうと想像した。

Michiko teaching


16日の晩、体の疲れは少し取れていたが、心はさわやかだった。夜家内が英語と文法を教えてくれた。家内が、Aと読むと子供たちは、EIと書いた。Yと読むと、WAIと書いた。途中で家内がけらけらと笑い出した。子供たちの笑いが勉強室に響いた。私もその輪に加わって笑い出した。彼らが、どのように成長していくか、想像以上に時間がかかる作業だと知った。でも、心が晴れた。彼らと一緒に生きて行こう、彼らと主を信じていこう、そう思った。今まで、彼らのずさんな生き方を無理に修正しようとがんばってきたが、まだまだ始まったばかり、ゆったり、主の御手の中でことを進めて行こうと思った。

主は、言われる。「私はあなたの土の器に、計り知れない神の力であるキリストを与えた。だから、あなたは、今四方八方から苦しめられているかも知れないけれど、それが終わりではない。私は決してあなたを見捨てたりはしない。そして、あなた自身の働きが、あなたの力によるのではなくて、今も生きて働いているキリストの力によって進むことを明らかにしていくよ。」(IIコリント4章7節から9節のパラフレーズ)



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プロフィール

松村隆(パスター・フィリップ)

Author:松村隆(パスター・フィリップ)
1952年生まれ。埼玉県浦和育ち。1984年から海外にて言語研究や翻訳の働きに従事。2000年に原因不明の病気で帰国。2001年に児玉福音自由教会の牧師に就任。2010年2月正式にNGOのコンサルタントの働きに復帰。2013年6月日本に帰国。61歳。

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