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「私のところに持ってきなさい。」 Jesus says

2週間前、いつも行っている福音派の教会で、説教するように頼まれた。翻訳をしながら、寮生を導きながらなので、早速日曜日にメッセージの準備をした。というよりは、マタイ14章が頭の中に浮かんできて、あっという間にアウトラインができてしまった。そして、金曜日には、説教ができていた。(私にとっては奇跡的!)

5000人の男性、恐らく子供や女性を入れると、20000人位になったと私は予想している。ヨハネ6章を見ると、イエス様がアンデレを試して、「おい。アンデレ。どうやってこの人達に食べ物を上げようか。」とチャレンジした。「そんなの無理です。」アンデレ同様、他の弟子達もみな悲観的な見方しかできない。イエス様がご自分のなさることを知っていたなお弟子達を試した。

実際、私達の日々の回りに起こっていることは、自分の頭で考えると悲観的な捕らえ方しかできないことも多い。この世で成功している人は、物事に動じない芯の強い人のような気がする。でも、この悲観的な弟子達にイエス様が期待しているというのは、私は聖書の大きな慰めだと思う。教会の中にも、強い人が居る。クリスチャンの中にも、何事にも動じない人が居る。でも、だれも、限界があり、イエス様のチャレンジの前では、悲観的にならざるを得ない。そこで、イエス様は、私ができないことを認め、主のところに持っているものを差し出し、委ね、主の大きな働きに期待するように、導こうとしておられる。

「私のところに持ってきなさい。」と題して説教したのだが、今、思うのは、イエス様がこのメッセージを私にずっと語り続けていたということだ。寮を何とか立ち上げなければ、学生が減ったこと、サポートするという口ばかりのイラルトゥの役人たちのこと、寮生と私達の文化の違いなどなどなどが、心に重荷となっていた。正に、不可能に思える主の働きを、自分でがんばってやろうとしてきたことに、不可能が、本当に不可能になったと言える。ここまで来たのは正に主の恵みでしかない。二人の学生を残しておいてくれた。

この二人アダムとリトの関係の雲意気が怪しくなった15日、翌日朝起きて、箴言を読んで祈った。正に、「己の知恵に頼るな。すべての道で主を認めよ。」彼らを祈りの中で、主にお渡しし、そして、朝お金を上げてタクシー代、昼食代とした。その日は、一日顔も見たくないと思った。ところが、夕方、彼らがヨハン兄の子供たちと「キャッキャッ」笑っているのを見て、驚き、主に感謝した。主のなさることは、私がしようとすることに比べたら数倍も大きい。比べることができない。これからも、自分の限界で不可能な業をしていくのではなく、主のところに祈りを持って近づき、不可能なことが可能になる業に参画させてもらおうと思っている。


GKII

2010年実地訓練のTITIPの学生と共に行ったときのGKII教会のマックス牧師ご夫妻と





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プロフィール

松村隆(パスター・フィリップ)

Author:松村隆(パスター・フィリップ)
1952年生まれ。埼玉県浦和育ち。1984年から海外にて言語研究や翻訳の働きに従事。2000年に原因不明の病気で帰国。2001年に児玉福音自由教会の牧師に就任。2010年2月正式にNGOのコンサルタントの働きに復帰。2013年6月日本に帰国。61歳。

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