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涙の祈り

マタイ伝を読み直していた火曜日の朝(2011年10月25日)私の心は複雑だった。週末アダムが見せた自己中心的な姿と、「寮を出て行ってから、外に出なさい」と言ったことが頭の中を交錯していた。今朝は、アダムに印籠を渡そうと思っていたのだが、どうやら御霊が留めたようだ。ヨハン兄が帰ってくる木曜日まで待とう。アダムは、人が代わったように協力的になっている。

「おはようございます。」ドアの外で声がした。その声から直ぐ誰だか分からなかったが、見るとコリヌス兄だ。モヤナ教会の長老をしている。椅子に座って話を聞くと、会堂建設のために献金をして欲しいということだった。募金者の名簿を見ていて、一番高く献金している人の額よりもちょっと上乗せして献金した。

korinus
2010年7月マタイ伝の翻訳に参加した右から2番目のコリヌス兄

私は、導かれて、「教会の外側は建てるのは良いけれど、中身は今のままか」と問いただしました。「分からないインドネシア語を使って儀式のような礼拝をして。マルコを呼んで聞かせた老婦人がイエス様が、『主よ。主よ。どうしてお見捨てになったのですか。』ということばをイラルトゥ語で聞いたときに、彼女は涙を流したそうだよ。インドネシア語では、頭に入っても、心まで来ない。でも、自分のことばだと、心まで届くんだ。」と話すと、

彼は言いました。「僕のバージョンも聞いてください。ある時、長老として礼拝でイラルトゥ語で説教したんです。イラルトゥ語のルカ伝を使って。そして、イエス様が十字架でなさった罪の身代わりのことを語ったんです。そうしたら、一人の夫人が説教中泣き出したので、礼拝後彼女にどうして泣いたのか聞いたのです。すると、彼女いわく、『私たちはみんな罪人だ。自分で犯している。それなのに、自分の罪をどうして他の人が身代わりになって罰を受けてくれるのか。不思議だし、恐ろしくなったので泣いたんです。』

私は、コリヌス兄に、言いました。「それこそが、イエス様のなさった福音なのです。教会はみことばに根ざしてこの福音を語らなければ教会ではない。今ある教会は、規則、規則、牧師はビジネスのような考え。そんな教会を君も建てるのか。イエス様がなさったすばらしい救いの業を語り続けてください。また、翻訳のプロジェクトにも加わってください。」

二人ともイエス様の恵みの十字架のことを覚え、涙ぐんでいた。そして、彼のために彼の教会のために祈った。彼は、「翻訳に必要なときは、ぜひ、呼んでください。やってきますから。」そう言うと、涙を拭きながら戻っていった。もしかしたら、主が新しいことをイラルトゥの教会になそうとしておられるのかも知れない。そう希望が沸く瞬間だった。


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プロフィール

松村隆(パスター・フィリップ)

Author:松村隆(パスター・フィリップ)
1952年生まれ。埼玉県浦和育ち。1984年から海外にて言語研究や翻訳の働きに従事。2000年に原因不明の病気で帰国。2001年に児玉福音自由教会の牧師に就任。2010年2月正式にNGOのコンサルタントの働きに復帰。2013年6月日本に帰国。61歳。

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