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父の召天

5月2日に、娘のゆり子から連絡をもらい、お爺ちゃんが、入院して状態があまりよくないので帰国できるかということでした。それから、弟の徹さんに電話して詳しい状況を伝えてもらいました。良くなったり悪くなったりということでした。とにかく一度帰ろうと決断したものの、パプア州があるこの国は、出入国許可書が必要でそれを取るのに普通4日かかります。アグス・マニアガシさんのご尽力で、私がジャヤプラに到着した4日の、3時45分(事務所が閉じる15分前)に、「タカ。取れたよ~。」と興奮した声で電話がかかってきました。

カイマナでは、インターネットカフェもインターネットにつながらない状態でしたから、チケットの予約もできません。それで、日本にいるゆり子がチケットを私のカードで予約・購入してくれ、7日月曜日パプアを出発、ジャカルタを経て24時間かかって桶川の実家に着きました。母と早速父を見舞いました。ちょうど院長さんがおられ、喉の切開手術を勧められましたがそこまで至りませんでした。午後もう一度面会したときには、かなり呼吸が苦しそうでした。そして、9日未明1時21分弟家族と母と私の見守る中92歳で静かに召されていきました。私は、父の耳元で、最期に、「お父さん。会えてよかったありがとう。」と言いました。本当は、アイ・ラブ・ユーと言いたかったのです。

Shigeru Funeral Photo
故・松村繁

実家に運ばれてきた父の遺体を見て、母は、「お爺ちゃん、ハンサム。こんないい顔していたっけ。」ともらしていました。


11日、金曜日の夜の前夜式、12日の告別式も桶川福音自由教会で前野勇先生の司式で、多くの方々が来てくださって無事終えることができました。家内も、12日の告別式の1時間前に、教会に着くことができました。父は、母には、「神様信じて、お前の教会の墓地に入れてもらう。」と前から言っていたそうで、4日に前野先生が病床でお祈りしたときに、「イエス様信じましょうよ。」という促しにうなづいて応答していたそうです。

flowering


父は、地域の子供たちや老人会の方々のために長年労し、正に、「多く教育を受けたものは、多く社会に貢献しなければならない。」の口癖を自分で実行した尊敬する父です。私たちの、パプアにおける誰も振り向かないような少数部族での働きも理解し、応援してくれました。

ハレルヤ!元気でね。

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プロフィール

松村隆(パスター・フィリップ)

Author:松村隆(パスター・フィリップ)
1952年生まれ。埼玉県浦和育ち。1984年から海外にて言語研究や翻訳の働きに従事。2000年に原因不明の病気で帰国。2001年に児玉福音自由教会の牧師に就任。2010年2月正式にNGOのコンサルタントの働きに復帰。2013年6月日本に帰国。61歳。

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