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メリー・クリスマス 主役は貧しい普通の人でも、へりくだっている

オーストラリヤやニュージーランドでは、今は夏。私たちが長年過ごしたパプアは、1年中夏だ。セスナ機でしかアクセスできないジャングルの湖の湖畔にあるセンターで1985年最初の暑いクリスマスを過ごした。ケーキ、セール、寒さ、コンサート、レストラン、ツリー、何もクリスマスの雰囲気をかもし出す材料がない中で、蛙がゲコゲコなくなかで、初めてクリスマスの本当の意味を考えさせられた。

クリスマスの主役は?当然イエス様と答えるかも知れない。でも、今年埼玉県の久喜市にある久喜福音自由教会の礼拝でメッセージをさせていただいた。準備をするなかではっとさせられた。それは、旧約聖書で預言された救い主が、預言された町、ダビデ王が生まれたベツレヘムで生まれた。神様のご計画が実現したということではイエス様が主役。でも、そこまで行く過程を見ていくと、イエス様が生まれるために信仰を持って苦しいところを通らされた人々が主役かも知れないと思わされた。

母マリヤを考えてみよう。処女が子供を生むという知らせを御使いから受けたときにどんなに悩んだことだろう。結婚の約束をしていたヨセフになんて説明したらいいのか。親戚はじめ近所の人はどうおもうだろう。でも、最終的に、「神にとって不可能なことはひとつもない」と語られた御使いのことばを信じた。パウロは、後にこう書いている。「神を愛する人には、神がすべてのことを益として働かしてくださる」と。ヨセフも悩んだ。そのヨセフに、御使いが現れ、マリヤは不倫したのではなく、神によって身ごもったと語り、ヨセフもそのことばを信頼して、マリヤを石打の刑にさらすことなく自分の妻として受け入れる決断をする。そして、住民登録をしなければならなかった二人は、100キロ以上も長旅をし、たどり着いたベツレヘムの町に宿屋がなかった。馬小屋と書かれている聖書だが、聖書学者たちは、洞穴だっただろうと語っている。何という神さまのことばへの信頼だろうか。エリサベツの信仰、羊飼いのへりくだった姿。クリスマスの主役はこの人たちだと思わされる。

久喜教会の田淵先生は、くも膜下出血で8月16日入院した。肺炎がひどく手術がながいことできなかった。田淵夫人から随時経過を聞いていたが、お医者さんの口から聞こえてくるのは、「私は奇跡を信じません。」かなり前からさじを投げていたように思える。ところが、私たちは、神さまを信じて祈り続けた。肺炎が治り、手術ができ、そして、お医者さんがもっとも信じていなかった意識障害からの回復。全部実現した。12月21日、病院に行った。私の顔を見るなり、「おっ」とした顔をして認識してくださった。もちろん祈ったからと言ってすべての人が癒されるわけではないと知っている。でもイエス様を信じて祈った人は、あのイエスさまを取り巻く最初のクリスマスの主役たちの一人になれる。

今、ビザ枠の用意ができているのに、ある理由でビザの申請ができない。主を信じること、みことばを信じることをあきらめたくなる。でも、クリスマスの主役は、救い主が現実の歩みに真実に働いてくださることを主のみことばを信頼して祈りながら歩む私たちではないか。そのような歩みをしたい。あなたの歩みにも主のみことばへの信頼を通して主の光が注がれますように。

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プロフィール

松村隆(パスター・フィリップ)

Author:松村隆(パスター・フィリップ)
1952年生まれ。埼玉県浦和育ち。1984年から海外にて言語研究や翻訳の働きに従事。2000年に原因不明の病気で帰国。2001年に児玉福音自由教会の牧師に就任。2010年2月正式にNGOのコンサルタントの働きに復帰。2013年6月日本に帰国。61歳。

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